■傲慢の終わり
 アスとは長い、付き合いだった。
 周りで家族が死んでいく中、何の運命かアスは死ななかった。そして私も。
 初めて身の回りの愛しい人間が死んだとき、皆でそれを弔った。
 体の一部が刈り取られたかのように痛く、そして苦しかった。
 今、アスはもはや、自分の半身のような存在だった。

 今まで一緒に泣いてくれたアスが死んだら、
 アスが死んだとき、隣で慰めてくれるひとはもう、居なくなるのだなぁと思うと、酷く悲しかった。



 「死ぬのなら、アスが死ぬ前に死にたいな」
 ふと、言ってみた。アスは今まで何を言ってもこっちを見なかったのに、がばりとパソコンから目を離して馬鹿、と小さく呟いた。
 「・・・な、ことを言うな、・・・・・っちゃ」
 「まぁ、確かに私は長兄だから、皆を守らなきゃいけないから、死んじゃいけないのだけれどね」
 テーブルに置いてあるアイスコーヒーのコップの周りはしとどに濡れていた。氷が解けてきている。
 暑いなぁと思って外を見てみた。からりとした快晴が憎いぐらいだった。
 アスの方を向いてみると呆然としていた。なんとも言い切れないような苦々しげな表情が珍しかったからふと微笑んだ。
 ぎょっとしてやっとパソコンに目を向けるアスが面白かったから笑いがこみ上げてきた。
 誤魔化すようにコップを手に取る。水滴が手をびしょびしょに濡らした。からんからんと氷が音を立てた。
 「こんな暑い日によく死んだね」
 「・・・・・・・・・・暑いから頭がはたらかなかったんじゃねぇっちゃか」
 「そうだねぇ・・・私が死ぬときもやっぱりこんな暑い日に頭をやられて油断しちゃうのかな」
 「・・・・・さっきからうだうだと・・・・・・・・何が言いたいっちゃ」
 「一人取り残されてアスが死んだのを見送るのは嫌だって言ってるんだよ」
 ごくりと喉を苦い液体が嚥下される。一息ついてテーブルにもどそうとすると水滴で手が滑ってテーブルにコーヒーがぶちまかれた。
 「うわ」
 「馬鹿」
 驚いてアスがノートパソコンを持ち上げる。つーっとテーブルの上を奔ってコーヒーは床に落ちた。ぴちゃぴちゃと音を立てて水溜りを作る。
 「タオル!」
 「持ってくるからちょっと待ってろ」
 周りを見回したがティッシュも無かった。あいかわらず生活用品が足りない。
 ぱたぱたと急いでアスがキッチンに引っ込む。何秒か後にタオルを片手にアスが戻ってきた。
 「阿呆だっちゃねー」
 「面目ない」
 ささっと手際よくテーブルを拭き終わる。床もタオルで拭くのかと思って膝をつき、ティッシュってどこにあるっけと聞こうと思いアスを見上げると怪訝そうな目で見られていた。
 「俺だって」
 アスが呟いた。

 「俺だってお前が死んだら、泣くっちゃよ。そのとき、隣には誰が居てくれるっちゃか?」

 心臓が痛んだ。
 「アス」
 「俺だってお前より先に死にたいっちゃよ。自分のことしか考えないなんて、お前は酷い奴だっちゃ」
 アスはぎっと私を睨んで、小さく何か言った。聞こえなかった。
 「好きだよ」
 「何を言いだすっちゃか」
 「アスは?」
 アスは、
 「私のことが好きで居てくれるのかい」
 「・・・・・・ああ」
 アスはゆっくりと膝をついて私を抱きしめた。
 優しい腕の力に涙が出そうになった。
 
 でもやっぱり死ぬのならば、アスの死体が見たくないから先に死にたいと願った。
2006/7・13


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