■いつか訪れる鬼殺しを待って
 「その景識って子、そんなに難しいの?」
 双識は、階段を二段分先を行く軋識の背中に問いかけた。軋識は振り返ることなく、「・・・あー」と微妙な声を上げて、がりがりと後頭部を掻いた。どう説明すればいいか迷っているようだ。
 「難しい・・・っていうかな・・・」
 「零崎が嫌いなんじゃないかな」
 答えになっているんだかなっていないんだか分からない答えを導き出して、双識の後ろをついてきた賢識が呟いた。15歳という若さの癖に、既に両耳にはピアスをつけている。今日はシルバー細工の鋏の形をしたピアスだ。
 「零崎が嫌い?」
 「機織さんっているじゃないですか」
 賢識が上げた名前は双識の姉のような人だ。気さくでこざっぱりとしている。少々童顔なのが目立つが良い人である。
 「機織の弟なんだよ。景識は」
 「へぇ」
 弟がいたのか、と双識は感嘆した。確かに、あの姉貴分的な感じは元々染み付いている感じがした。
 「昔から機織に悪戯されながら育ったらしく、家族がトラウマになってるんですかね、なんかこう・・・どうにも背中を見せようとしないというか・・・耳も後ろから観察したいんですけど、困っちゃいますよねー」
 「耳について困るのはてめぇだけだろ賢識」
 すぱっと的確なツッコミで賢識を切り捨て、階段を上りきった先、ボロアパートの端の部屋まで移動する。かんかんと音が五月蝿く響き、双識はなんとなく馴れない思いで気持ちが悪くなった。
 「ただ」
 「おかえりー」
 ただいまと全て言い切るよりも早く扉が開き、部屋の中から金髪の少女が顔を出した。小学生特有の落ち着きの無さを前面に押し出し、この年代には珍しくこの若さから髪を染めている。
 「もー遅い。遅すぎだよ軋お兄ちゃんも双識も先生もさぁ。あたし馴れない少年と二人っきりでマジ寂しかったんだからー、あ、嘘嘘。寂しくは無い。つまんなかった。つまんなかったー。だってさぁ話しかけてもうんともすんとも言わないし。なにこれジェネレーションギャップ?んー、なんっつーかな、住む世界が違うっていうか、星が違う?私ちゃんと日本語で話しかけてるよね?みたいな?」
 「飛織、お前の話し方だと誰も会話できないだろ」
 「えっ嘘マジで?やば、あたしがおかしいの?」
 一人でくるくると表情を変え、それでも喋るのをやめようとしない飛織を押しのけるように部屋の中へ入れ戻し、最後に入った賢識が扉を閉める。がちゃん、と重たい音を立てて鍵が閉められた。
 「よぉ景識。元気だったか」
 「あんまり」
 軋識が問いかける先、アパートの部屋の隅で体育座りをして動かない、右目に眼帯をしている少年がぽつりと返答した。なんだ、喋るじゃないかと肩透かしを喰らいながら、双識が飛織に聞いた。
 「喋るじゃないか」
 「でも『うん』も『すん』も言わないよ?」
 ・・・・そうですか。
 小学4年生に「うんともすんとも言わない」の意味は「うんとすんという言葉を言わない」ということになるらしい。
 「景識、こいつは零崎双識。零崎の長男にあたるから、これからは基本的にこいつを頼れ」
 えっ、突然出てきた人に頼れと。
 驚いて言葉を無くす双識を置いて、景識はぴくりとも動かないまま返答した。
 「機織じゃなければ誰だって良いでさぁ」
 「むっ、これは反抗期だねっ!」
 「飛織、ちょっと黙ってろ」
 騒ぐ少女の口に買ってきた団子を素早く賢識が軋識の手の合図で突っ込めば飛織は沈黙する。
 「その機織なんだが・・・初仕事ってわけでこれから一週間北海道の方に零崎のとある人と一緒に仕事に行って帰ってこないんだ。だから一週間俺らと暮らすことになるが、」
 「よろしくお願いします」
 「反応早いね!?」
 体育座りから正座に体を直し、景識は素早く頭を下げた。15歳である彼は随分と馴れているようで、「あの女がいないなんて世界が終わらないぐらい幸せなことですよぉ」とにこやかに返答した。
 「で、そこの女の子は誰なんです?」
 「名前名乗ってなかったのかい飛織!」
 「ん?当たり前の吉田さんだよ」
 「意味が分かんないだろ・・・」
 異常なハイテンションな11歳児はぶいっとピースをしながら、食べ終わった団子の串を左手の中指と人差し指と薬指で交互に鋏挟み、指の力でべきっとふたつに折った。
 「零崎飛織ちゃん、小学校3年生にて中退!今までのテストは隣の友達からカンニングさせてもらいなんと連続20回100点取ってみたりする子なので、どうぞよろしく景ちゃん」
 「・・・・・・・」
 「・・・認めたくないとは思うが・・・とりあえず飛織はお前の姉貴分だからな、景識」
 因みに言ってしまうと飛織は双識の姉貴分であったりもする。一年差で飛織の方が先に零崎には言っていたのだ。
 「家出少年大集合って感じですねこの集団」
 「言ってくれるな賢識・・・」
 「そうだよ先生!でも家出少年にはあたしが入ってないみたいだから許す!」
 「少年って大きな意味で取れば少女も入るんですよ」
 「うそっ!」
 ぐえーと奇声を上げながらどたどたと騒ぐ賢識と飛織を見ながら、景識は首を傾げた。
 「不肖たち、家族なんですよね?」
 「そうだよ?」
 「なんで先生なんですか?」
 ああ、と双識が苦笑しながら景識の頭を撫でる。機織にされるのは苦痛でしかないその行為も、何故か双識にやられても嫌ではないことに驚きながら、景識はその手を振り払わずに双識を見上げた。
 「賢識は学校に通ってるんだよ。普通にね。医者になりたいんだって。だから凄く頭がいいから、飛織は先生って呼んでる。それが理由の一つ目」
 「・・・ふたつ目は?」
 小さく首を傾げ、景識は沈黙を保ったままの軋識を見上げた。軋識は促されるように小さく笑い、ゆっくりと答えてくれた。
 「俺達は家族を強制はしない。家族という思いは口に出さなくても体に染み付いてるんだ。でも、実際に家族って認めるかどうかは本人次第なんだよ」
 「それを言っちゃうと、私と賢識は飛織に家族って認められて無いんだけどね。でも、いつか本当に家族になれればって思ってるよ」
 ああ、それならば。景識は頭に掛かる心地よい重さに瞼を閉じた。暖かい。
 「双識兄さん、軋識兄さん、賢識兄さん、飛織・・・姉さん」
 口の中で唱えるようにその呼び名を復唱し、姉という名をつけるのに気持ち悪さが襲ったが、景識は思った。
 うわべの家族なんて要らない優しくない家族なんていらない。
 「不肖は、」
 景識は言う。
 「零崎、景識です」
 双識は優しく微笑み、虚弱な少年を抱きしめ、その震える背中を優しく撫でた。
 「よろしく、私の新しい家族」
 「よしっ家族祝いとしてとりあえず隣の大家殺してご飯食べに行こう!さっきさぁ、「五月蝿いわよっ」てきやがったの。ほんと憎い!あ、これは大家が太ってるからじゃないよ。別にかけてないからね?」
 「飛織、お前はちょっと空気を読め」
2008/01・02


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