瓦礫遊び
 幼い頃の記憶の中で、最も鮮明に記憶していることといえば―――、
 どこか清潔な建物の中で、俺の恋した少女が積み木遊びをしていることぐらいだ。
 綺麗なブロンドの髪と水を湛えたような透き通った青の大きな目をした少女。
 カラフルな色々形が違う積み木を丁寧に積み上げて、お城のようなものを作っていた。
 もう、てっぺんまで作り終えていたそれを、最後に彼女が三角をのせようとしたときに、
 下から勢い良く蹴ってやった。
 こちら側にぐらりと傾き、少女と俺を巻き込んで積み木が落下する。
 盛大な音を立ててあるものは散らばり、跳ね、あたり一面にばら撒かれる木片。
 悲鳴を上げて女が走ってきた。
 彼女を介抱して、きっと俺は怒られてしまうとふと頭をよぎる。少女を見ると、泣き崩れている。
 ああ、俺はなんてことをやってしまったのだろう。
 自責の念に駆られて女をもう一度見ると、女は顔を引き攣らせて少女ではなく、俺に歩み寄ってきて、
 俺を抱きしめた。
 『大丈夫?垓輔』
 その瞬間、俺は少女のことが好きではなくなり、
 その女、つまりは俺の母親が嫌いになった。



 深夜、軋騎のマンションのリビングでは盛大に窓が開かれていた。
 真っ黒く、横2mぐらいのソファに兎吊木は白いスーツ姿で寝そべっていた。ふかしている煙草からは紫煙が立ち昇り、そして上に行くほど薄くなっていて、ついに消える。
 「おい式岸。お前、初恋の人って覚えてるか?」
 「・・・・・・・・・・・・お前はいつの女子中学生になったんだ?」
 嫌悪むき出しで軋騎は兎吊木を見る。ソファに寝転がりダイニングテーブルの横で新聞を読む軋騎を仰ぎ見る兎吊木には、見出しの有名女性モデルが普通の一般サラリーマンと来月結婚する予定だというのしか見えない。
 首が痛くなるのを承知でむりやり顔を上げると眉根をよせて睨んでくる軋騎の顔がやっと見えた。
 「なに、純粋な興味本位だ。っていうか暇だから教えてくれ」
 「興味本位は純粋とは言わねぇし、暇つぶしに恋愛話を持ち上げられるほど俺らは仲良くなった覚えはねぇ」
 「何を言うんだマイハニー」
 「ふざけんな叩き出すぞボケ」
 殴りかかられるかもと肩を竦めて見せるが、軋騎は椅子からも立ち上がらずテレビの方に顔を向けた。
 言う気は完全に無いらしい。
 「因みに俺は英国に居た頃」
 「別に言わんで良い」
 「・・・・・・・・・・・・兎は寂しいと死んじゃうんだぜ」
 「兎は自分の糞食って生きるんだぜ」
 「・・・・・・・・・・・・言っておくが俺にスカトロ趣味はない」
 「黙れぇぇぇぇぇ!!」
 ばす、と軋騎の投げた新聞紙は真っ直ぐ飛んで兎吊木の顔面に直撃した。
 「セクハラ発言禁止だっつってんだろ両耳ん中に割り箸突っ込んで脳味噌かき回して殺すぞ腐れ白髪!」
 「本気すみません」
 鼻を押さえて兎吊木がこれ以上と無く謝る。
 痛いと思ったらリモコン新聞紙で包んでたよこの鬼畜。恨めしげに睨んでみると、変な言葉口走った瞬間手元の果物ナイフ投げつけてきそうな形相だった。
 「気をつけますんで流石に刃物は許してもらえませんか」
 「お前が喋らなければ良いんじゃねぇのか」
 「ごめん俺喋らないとキャラ成り立たないから・・・・・・いやだから話を聞いてくれよ。昔俺は恋しちゃった人間が作ったものを壊す傾向があるみたいなんだよね」
 「初耳だな」
 「だって喋らせてくれないだろ・・・・?」
 「気にすんな」
 理不尽な恋人の言葉に小さく息を吐いて兎吊木はずれたサングラスを直す。
 オレンジ色に染まった軋騎は新聞紙がなくなったおかげでよく見えた。白いワイシャツの前を大きくはだけさせていて、黒い細身のズボンから細い足首と裸足が生えている。
 完璧モデル体系だ。
 「口の悪さを除けば本当悪いところ無いのになぁ・・・」
 「なんつった?」
 「何も。まぁ話を戻していただければ、俺は好きな子を困らせるのが大好きだ」
 「良く分かる」
 「ふふ、なんだい自惚れか?いや、何でもないです。事実だから本当俺軋騎愛しちゃってるから。閉じ込めて犬みたいに上も下も・・・・あ、今のなし。果物ナイフに手を伸ばさないで!ごめん!ごめんなさい!・・・・・・・ええとですね、俺はまぁ好きな子を苛めちゃいたいわけなんだけれどね。いやここはナイフじゃなくて良いだろ!良くあるだろうが好きな子ほど苛めたいとか!」
 「もう良い」
 溜息を吐いて軋騎は立ち上がり自室に行こうとする。
 「つまりさ、・・・・・・・・・・・お前の大切なもの全部ぶっ壊してお前の最後の拠り所が俺だけになれば良いなっていう奴だ」
 扉に手を掛けたところで、兎吊木が言った。軋騎は一瞬だけ止まって、そしてゆっくりと扉を開ける。
 
 「好きなんだってば」
 
 「・・・・・・・・ほざいてろ」
 一度だけ振り向いて、そう吐き出す。その一言と共に後ろ手に扉が閉まった。
 身を起こして兎吊木はにやにやと笑った。
 嫌悪に満ち溢れた眼は変わっていないけれど、どこか気恥ずかしそうな顔だったからよしとしよう。
 「さて、家族が来ない前に夜這いにでも行くか」
 ソファから立ち上がるとぎしりとスプリングが軋んだ。
 殺人鬼の悲鳴のように。
2006/6・25


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