■百舌鳥
右手で、左手首を。
左手で、右手首を。
蹴られないように足に足を絡めて。
捕まえて壁に押し付けた。
反抗的な目に向かい合って静かに見て。
生贄を木に吊るそう。百舌鳥ではないけれど、機が熟したら髪の毛一本残さずに食べてあげる。
捕まえたら、もう離さない。
「放せ」
「嫌だよ。そんなお決まりの台詞で、放す人間がどこに居る?」
軋騎がチッと、舌打ちをした。
「テメェ、今日おかしいぞ。どうでも良いけど俺に火の粉を振るな。暴君になんか言われたんなら帰って一人で寝てろ」
暗い部屋の中、僅かな明かりに軋騎の赤い目がぎらりと光った。猛獣のように。ざわりと鳥肌が立った。
お前こそ、
狂犬の目を、しているよ。
「おかしいかな?」
くすくすと笑うと顔を顰めて軋騎が睨んできた。
「おかしい。狂ってる。お前、変だ。気色悪い、のはいつものことだけど、薬でもやったのか?」
「やってないよ。俺は薬はいつも脳内で自己生産してるからね」
おどけて言うと、軋騎が体を捻って俺の体の間から抜け出そうともがいた。
「・・・・・・おかしいぞテメェ」
「おかしい?」
「おかしい」
「狂ってる?」
「狂ってる」
静かに二度キスを落とした。瞼に軽く、唇に深く。
腕に力を込めて無理やり押さえつけると。
嫌悪する目が俺を見た。
俺だって、お前が嫌いだよ。
笑って軋騎の唇を噛んだ。血が出る。じわじわと、下の上を鉄の味が広がっていった。
誰の血でも、不味いんだなぁと笑ったら、今度は逆に噛み付かれた。
舌にじりっとした痛みが奔って顔を顰めると、軋騎が「痛いんなら放せ」とでも言うように侮蔑した視線を投げかけてきたので、もっと深く口付けた。
もう其処からは流血のオンパレードだった。ディープキスの音だけが響いて、顎を血が伝う。
その中で、さすがに俺が少し怯んで顔を引くと、続けて頭を近づけてそりゃもう見事な頭突きをかまされた。
頭にぐわん、と衝撃が走ると、続いて肋骨に膝蹴りが入った。
脳天に骨が折れる痛みが走る。
激痛に顔を顰めて膝をつくと、上からべっと何かを吐いた音がして、俺の目の前の床に血の塊が降ってきた。おい、俺のマンションだぞ。
「放せっつってんだろボケ」
見上げるとワイシャツの裾で口を拭う軋騎が俺を見てきた。
「・・・・・・・内臓にゃは刺さってねぇよ」
「げほ、そういう問題じゃないだろ・・・。ああ・・・どうしてくれるんだよ。血って落ちにくいんだよ?」
「よく知ってる」
当たり前か、と笑うと骨に響いた。痛い。自分の白スーツが見事に真っ赤だった。キスしている間に垂れた血が吐血したかのように染みを作っている。
「クリーニング代請求しても良いかな?」
「・・・・・・・」
「治療代とかは?」
「・・・・・・・・分かった。俺が出す。金は置いてくから、勝手に使え」
「慰謝料は君三日分で」
「ウザい黙れ死ね。反対側のアバラ、内臓に刺さるように折ってやろうか」
「冗談だよ」
くすくす笑うと、足音が去っていく。
「頭が来るとは思ってなかったなぁ」
己の血か、軋騎の血か分からないものを飲み干すと、みるみるうちに口内にまた血が溢れ出てきた。
嫌なら最初から拒絶すれば良いのに。
捕まえるのにはあと僅か。
もう、あんなことが出来ないように、あの鳥のように木に磔にしてしまおう。
機が熟したら、髪の毛一本残さないで、隅から隅まで食べてあげよう。
あの日、木に獲物を沢山磔にできていたあの小鳥が羨ましかったとは、彼には伝えてあげない。
2006/3・13