Solomon Grundy,
 月曜日に誕生。
 火曜日に洗礼。
 水曜日に結婚。
 木曜日に発病。
 金曜日に危篤。
 土曜日に死亡。
 日曜日に埋葬。
 ソレでおしまい。ソロモン・グランディ。



 ラビは、暇があれば図書室に居る。
 そして、窓のすぐ隣の、日が当たらない絶妙な壁の影で、黒い一人用のソファに窮屈そうに体を縮めて分厚い本を黙々と読んでいる。
 人が入ってきても、人が話しかけても返事も返さない。
 肩を叩いたりするとうん、と一言呟く。頭を叩いてもうん、と一言呟く。
 そんなこんなで、ぼくはラビがそれを読み終えるまで椅子に座ってラビを眺めているのだ。
 ラビが本を読むスピードはかなり速い。3,4cmぐらいの厚さはみるみるうちに減って、2、3時間で溜息と共にばたん、と重々しく本が閉じられるのだ。
 ラビが今取っている体勢では本来肘掛になるところには腕は乗らない。右腕を乗せるための肘掛にはラビの頭が、左側の肘掛にはラビの足が飛び出ている。
 ぼくは窓の日が当たるところに椅子を持ってきて眺めているので、ラビの足と大きな本と、ページを捲くる手と顔しか見えない。
 日が当たって暖かい。眠気を誘うようなぽかぽかした丁度いい温度で瞼が視界を閉ざそうと躍起になっている気がする。
 「ラビ・・・・・・・眠くないですか?」
 返事はない。かわりに一拍立ってからしゅるりとページが捲られる音が聞こえてきた。
 ラビが影で本を読むのは眠くならないようになのだろうかとふと思った。
 窓の近くなので十分明るいのだろうけれど、影になっているのだから、眼に悪いんじゃないだろうか。
 「(眠い・・・・・・・でもここで寝たらラビ読み終わってきっとぼくを起こさないようにして出てっちゃうだろうしな・・・)」
 かくん、と頭が下がった。椅子の背もたれに顎をぶつける。
 がちん、と歯が鳴った。
 「いぅっ・・・・・・」
 身を起こして顎をさすった。じんじんと歯に波紋が広がるように変な感触が伝わって鳥肌が立った。気持ちが悪い。
 「(だめだ・・・きっとまたぶつけてしまう)」
 おろおろと立ち上がり辺りを見回した。本だらけだ。・・・・・・・・・・・・・本を読めばいいのか。
 ちらりとラビを見る。ぼくが痛い目にあったにも関わらずラビの片目は分厚い本に向けられていた。
 のこりの厚さは2cm。
 ふっ、哀れな本よ。お前が読み終えられるまであともって1時間程度だ。
 本にさり気なく嫉妬していたぼくは、顎に気をとられて本棚に頭をぶつけた。
 そんなにぼくは本より弱いのか。
 神の使徒っていっても本棚に頭ぐらいぶつけるさ!ラビが本に集中してくれていて本気でよかった。ぼくは初めて本に感謝した。
 火照る頬を腕で拭う。風邪でも引いたかと思うくらい暑かった。恋の力は偉大である。





 「マザー・グース?」
 「うわ!」
 本の上からラビが頭をひょこりと飛び出していた。読み終わった分厚く大きな本が机の上に乗せられてある。表紙赤かったんだ。
 「よ、読み終わったなら言ってくださいよ!」
 「んー。珍しくアレンが本に噛り付いてるから珍しくて声かけれなかった。珍しくて」
 「三回も言わなくて良いですよ」
 そんなに何度も言わなくても良いじゃないかと睨むと「悪いさー」と呟いてぼくが読んでいた薄い童話集を片手で取る。
 「読まないでいいでしょう!」
 咄嗟に立ち上がり最初のページに手をかけそうになったところでひったくる。危ない。
 「ひ、ひったくらなくても・・・」
 「また読み終えるまで話し聞かなくなるんですから嫌ですよ」
 内容が気にでもなるのか視線を本に移したりするけどぼくが睨むとおろおろと目線を逸らす。
 この野郎・・・ぼくが今までどれだけ寂しかったのかと・・・。
 「どんな話読んでた?」
 「・・・・・・・・」
 「は、話だけでも良いじゃんか!別に読ませろとは言わないさ!」
 ぱん、と目の前で両手を合わせて頼み込んできた。そんなに気になるのか。
 ぼくはまた苛々してくる。
 「ソロモン・グランディの所ですよ」
 「あ、それ読んだことある。一週間で死ぬ奴だろ」
 「・・・・・・・・全部覚えてます?」
 「・・・・・・・・・
  『Solomon Grundy,
   Born on a Monday,
   Christened on Tuesday,
   Married on Wednesday,
   Took ill on Thursday,
   Worse on Friday,
   Died on Saturday,
   Buried on Sunday.
   This is the end
   Of Solomon Grundy.』・・・だっけ?」
 「さすがブックマンJr.ですね」
 「ガキの時読んだっきりだから合ってないか不安だったさー」
 へらへらと笑いながらラビが机に座る。
 ラビの腕が伸びてマザー・グースのうすっぺらい本を抓んだ。
 「アレンは一週間で死ぬならどうすんの?」
 「ラビは?」
 「俺は、月曜日に生まれるだろ?火曜日に洗礼はいらないから、アレンに会いに行くさ」
 はっとしてラビを見る。にやにやと笑っていた。頬が火照る。目線を逸らす。
 「水曜日にアレンと結婚して、木曜日に発病するのが絶対ならアレンに看病してもらって、金曜日に危篤状態になる前にアレンに殺してもらって、土曜日に燃やしてもらって、日曜日に埋葬されるさ」
 「結婚、出来るわけないでしょう」
 「じゃあ、アレン攫ってっちゃうさー」
 ああ、もう、なんでこの人はそんなクサイ台詞を堂々と吐けるんだろう。
 「・・・・・・・」
 「アレン顔赤いさー」
 にやにやしてるラビがぼくの視界に体を屈めて入ってきた。こういうとき子供っぽいんだよなぁ・・・。
 「・・・・・・・・・・・・・・あんたのせいですよ」
 「何?アレンってば照れてんのー?」
 「いいえ?・・・・でも、心配ですね。ラビ、ぼくの事攫えるんですか?」
 「む。何、どーすんの?」
 
 「ラビは失敗しそうだから、ぼくがラビのこと攫ってあげますよ」

 そして残りの日数、二人だけで本当に死にそうになるくらいいちゃついてましょう。
 ラビの耳に囁いてやるとラビもまた顔を赤くして顔を背けた。
 「でもラビ、本を持っていくのは禁止です」
 ぼくを構ってください。
2006/6・24


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