硝子越しの痛くない己の瑕
 にいさぁん、と、間延びした声が廊下の奥から聞こえてきた。
 あの愚弟、もうすでに帰ってきていたのかと早蕨刃渡は振り向いて、嫌な予感に眉根を寄せた。

 

 「やっちまいました」
 「最悪だな」
 刃渡はへらへらと笑う弟を見下ろし、その隣に胡坐をかいて座る。
 己と同じ顔をした人間は、布団に寝た状態で包帯だらけだった。
 左目は白い眼帯で隠されていて、手首や腕にはマメな妹が手当てしたのか、病院に居るような人間のように丁寧に処置が施されている。
 近頃いきなり多忙になったので、刃渡は薙真と弓矢から別行動を取って仕事をこなしていた。
 二人がかりとはいえ人を殺すことしか出来ない不慣れな二人組みだけで仕事を受け付けさせることはどうにも賛成できなかったが、自分が全てこなすことは物理的に無理だ。
 「標的はどうした」
 「早速そっちですか。愛されてないなぁ・・・怒んないで下さいよ。殺しましたよ。流石に其処までは落ちぶれちゃあいないですから」
 「それでそのざまか」
 「面目ないですね」
 薙真はくすくすと笑って顔を引き攣らせる。笑えば傷に響くだろうに、随分馬鹿な奴だと刃渡は眉を顰めた。
 弟と己は容姿がまるで瓜二つとでもいうように似ている。双子なのだからそれは仕方が無いのだが、性格はまったくと言って似ていないと、刃渡は思っている。
 それは周りの誰もが認めることなのだが、妹はそれと正反対なことを良く口にしていた。
 『お兄様方は、とてもよく似ています。見た目ではなく、性格が』
 どこが似ているのかと分からなかった。それは薙真も同じようで、こんな冷血漢じゃないですよ酷いですね弓矢さんなどと口走っていた。(その後確か後ろから薙真の背中を蹴ったら派手に転んだと記憶している)
 その、まるで鏡面にいる弟は未だへらへらと笑いながら傷ついた体を晒していた。
 なんと無様か。脆弱な、己の半身。
 「弓矢はどこか怪我はしたのか」
 「してませんよ。大事な乙女の肌に傷つけちゃあ人間として失格でしょう。こんな醜態晒しながらも弓矢さんは守ってきました」
 「くだらぬ」
 その―――いらぬ気遣いがどれだけ役に立つのかと薙真を嘲う。
 弓矢が何を思っているのかと、考えるだけで空々しい。女というだけでこの愚弟に怪我をさせる要因を作ることを悲しむ妹はこの阿呆のせいで毎日のように懺悔するのかと、刃渡は酷く思って、止めた。
 似ているというのは、こんな所か。
 妹が似ていると微笑むのは、こんな無様な所か。
 俺も、落ちぶれたものだ。気づかない。

 弟と己はまったく違うものだと思っていたが――――根の所は、変わらないのだ。

 「兄さん?」
 ふと、考えに浸って居たことに気づく。弟の右目が、己を見ていた。
 「―――――――養成しておけ。怪我が治ったらすぐに仕事だ」
 「はいはい・・・人使い荒いですね、ほんと」
 どこか楽しそうに返事をする薙真をみて、立ち上がり、部屋を後にする。
 障子を閉めたところで、左目と体中の節々がぎしりと痛んだ。
2006/5・13


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