■猫は犬に勝つ
 画面の中で忙しそうに奔る警察とか、それを追いかける野次馬とか。
 背の高い美人で結構好みのキャスターだったのに、椅子代わりになっている男の細い手首とかに無駄にどきどきしていた。
 会話は無い。ただ、テレビの両側から出る女の声と、音楽だけが室内を満たしている。
 いや、後一つ、めちゃくちゃ五月蝿いのは俺の心臓だった。



 春の陽気がそろそろ感じれるようになった今日この頃、それは早すぎだろと突っ込みを入れたくなるほど大将は薄着だった。(いつものあのシャツ)
 冬を過ぎればすぐこれだ。暑がりなのかどうなのか知らないが目のやり場に困る。
 それと対になって俺は制服の冬服だった。事実まだ寒い。
 外は桜がそろそろ見頃、とは言っても風がまだ冷たい。家の中にいるとはいえ、大将の格好は常軌を逸している気がする。
 「大将さぁ、寒くねーの?」
 テレビを暇そうに観賞する大将に向けてそう聞いてみる。いつもは麦藁帽子で見えづらい両の真紅の瞳がこっちを見た。不覚にも息が詰まる。
 「いや、別に、っちゃ。・・・・・・・・寒いっちゃか?」
 「まぁ、なぁ」
 暑がりのようだった。対して俺は結構な寒がりだから、一緒の部屋に居ると温度調節難しそうだな、と頭の隅で思う。
 大将は少しじっと俺を見ると(あーもう気まずくて仕方が無い)何か思いついたのか手招きしてきた。
 「んだよ」
 「ちょっとこっち来い」
 手招きされるがままに大将の方に四つんばいで移動する。と、いきなり引っ張られた。(ぶっちゃけ心臓飛び出るかと思った)
 頭から大将の方に突っ込んで、足の方に倒れそうになるが、床に手を付いて難を逃れる。
 「っぶね・・・・」
 「何やってるっちゃかお前」
 呆れたような声が降ってきた。誰のせいだと思ってんだこの野郎・・・。
 文句を言おうと上を向くと大将の顔をがめちゃくちゃ近かった。びびって声も出なかった。
 そんなのもお構い無しに大将は俺を引っ張りあげて胡坐をかいている自分の足の上に俺を降ろす。そして何を思ったか自分の方に俺を寄りかからせた。
 つまり格好としては大将が胡坐をかいている上に俺が座るようになる。背中に大将の体温が凍みる。
 か、完全に子ども扱いだ・・・!!
 しかしムカつきもあるがときめきがあるのも事実。もうこれだけで心臓が高鳴る自分に絶句した。
 しかもテレビが見えにくいのか胸を背中にくっつけてきて、しかも首元に顎を乗せてきているようだった。
 な、なんですかこれ、お誘いですか?欲情してほしいのかこの野郎・・・!
 そんなのお構い無しに大将はテレビに夢中のようだった。
 テレビからは番組で今週起こった事件なんかを流しているようだった。それなりに俺も見たかったがこの状態で見れるわけが無い。
 さっきまで寒かったのにもう顔は火照ってきて、息を吐くたびに心臓の音が大将に聞かれそうだから上手く呼吸も出来ない。
 俺、このまま死んじまうんじゃないかとまで思えてきた。
 意を決してそろそろと大将の顔を盗み見る。
 赤い吊り目がテレビに注がれていて、薄い唇が乾いていた。整っている横顔が、間近にある。


 気がつくと、大将の顔が近くにあった。体を反転させて立ち膝の状態で上から口にキスをしかける。
 見開かれた赤い目が俺と合う。驚きと何が起こっているか理解できない感情が入り混じった瞳が凄い近くで揺れていた。
 不意をつけたことが嬉しくて、ぎょっとして縮こまる舌を追いかけて深く口内を犯す。
 小さく漏れた、大将の声に優越感が満ちた。
 たっぷりと唾液が混ざり合って、大将の口端から銀糸が零れた。拒絶してきた両腕に惜しみながら顔を離す。
 近くだと気づかなかったが大将の顔は真っ赤だった。そういう俺も頬が火照っているのを感じる。
 「大将可愛い」
 いつもの調子でにやりと笑って舌をべろりと嘗めると体を強張らせて大将が手を上げた。
 「大将、好きだ」
 「ばっ、お、おま・・・っ」
 二の句も告げずに実力行使にも移れない大将に頬が緩む。俺に手も足も出せずにいい様に手玉に取られたのがいまだに理解できないのか、(なにしろこんなに上手くいったのは初めてだ)目を白黒させている。
 「大将は俺のこと、好き?」
 「・・・・・・・っ」
 「あーあーはいはいはい大将はそういうの言えないもんなぁ・・・じゃあ、好きなら頷いてくれよ」
 完全に今は俺の方が有利だった。
 「な、大将?」
 最後の駄目押し。大将が足掻くように俺を睨みつけた。



 ● ● ●
 
 これは後日談のようなものだが―――この後、いい感じに―――まるで見計らったように満面の笑みで双識が乗り込んできて、結局人識は最初で、おそらく最後になるであろうチャンスを逃すことになる。
 あのマンションのときや竹取山合戦の西条玉藻とのバトルを中断させられたように、もしかして彼はそういう星の巡りとも運命とも言えるそんな悲しいものの下生まれてきてしまったかのように中断させられた。
 いつか彼に幸運が恵まれますように、そう願うばかりである。
2006/4・17


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