■右手に慈悲を左手に非道を
 「ザコすぎー」
 「ヒヒッ、弱いっ」
 ばぁーん、と口で撃つ音をふざけあって叫び、相手のこめかみに向かって手の内にある黒い銃の口で小突く。銃口から弾丸が出ることは無い。二人が考えなければ何の意味も成さないガラクタだからだ。もしも一人考えても、二人同時でなければ意味が無い。・・・片方だけが考えることも無いだろうが。
 エクソシストを完膚なきまでに灰にしたジャスデロとデビットを見ながら、ティキは壁に寄りかかり、ふー、と煙を吐き出した。ついてくる必要も無かったな、と後悔しながら。
 ジャスデロとデビットは何日か前にノアに覚醒したばかりのひよっ子だった。エクソシスト狩りという普段より大変なお仕事に、家族を亡くす訳にも行くまいとティキは腰を上げたのだったが、杞憂だった。「人を殺せる人間」が人であるエクソシストを殺せないわけが無い。いつもの高いテンションと、若者特有の物事を軽視するやり方が命を落とすかもしれないとも思ったが、見たとおりだった。AKUMA何体かと一緒なら、今更手を貸す必要も無い。
 エクソシストの体は、灰というよりはもはや完璧に溶けているといって過言ではなかった。ジャスデロとデビットが先程出した炎の固まりは、燃やすというより溶解させる域まで達していたらしい。子供の想像力はすさまじい。エクソシストの体は、地面に倒れた跡しかのこっていなかった。殺人事件のテープで表された死体のようだ。黒い跡が地面にべっとりと残されている。
 しかし、それでもイノセンスは直でしか壊せないらしい。エクソシストの跡の上に、ちょこんと球体が転がっていた。
 それに目を留めた二人はそれに歩み寄り、まったく同時に座り込む。
 「これがイノセンス?ヒヒッ、小さいねっ」
 「っつーか直じゃねぇとぶっ壊せねぇとか生意気すぎ。うぜぇっ」
 つんつんと指で球体を突付きながら、デビットが苛々した口調で吐き捨てながら振り返る。後ろでそろそろもう先に帰っちゃおうかな、とか考え始めていたティキを睨みつけると、おいっ、と叫んだ。
 「ティッキー、これがイノセンスなのかよ。どうやれば壊せんだ?」
 「千年公から聞いてないの?」
 面倒くさそうにティキは肩を竦める。己の時はノアの本能でぶっ壊したんだけどな、などと思い出しながら。
 デビットとジャスデロは自然と馬鹿にするような口調になったティキにムカついたのか、がばりと立ち上がるとイノセンスを爪先で抓んでティキに詰め寄る。
 「言われたよ!忘れただけだもんね!」
 「っつーか先輩役としてついてきてんだろ!後輩が聞いたらさっさと答えろよ!」
 「忘れたよ、とか自信満々に言うべきじゃない気もするけどねぇー」
 しかし無意識で抓んで持つ双子には、さすがノアというべきか。今にも投げ捨てそうな勢いだ。
 「これ気持ち悪いからさっさとぶっ壊したいんだけど」
 「投げつけて良い?」
 「やだよ・・・・っておい!」
 返事をする前に投げつけられた。脳内が同じことばかり考えると動きも揃う。ジャスデロは言うと同時にデビットがイノセンスをティキの顔面目掛けて投げつけてきた。反射的にティキはその手でイノセンスを掴んでしまう。本能の嫌悪感が働いて、手に掴むと同時に握りつぶしてしまった。
 灰のようにバラけたイノセンスがぐしゃりと音を立てて指先から零れ落ちた。
 「壊れた!」
 「壊した!」
 「壊さなきゃいけないんだっつーの。何だその壊しちゃいけないみたいなの。そもそも投げつけてくんじゃねぇよ!・・・・聞け!」
 双子は既に塵と化したイノセンスをほお、と感心したように見ていた。風に乗って塵すらも消え去る。
 それを見送ってから双子は同時に楽しそうに口を歪める。また何か思いついたらしい。ティキが顔を歪めて見下ろす中、彼らはすっくと立ち上がると、楽しそうに帰ろうとする。
 「これからイノセンスに触んのやだから、ティッキーに任せるか」
 「よろしく!ひひっ」
 「自分らでやれよ!もうお前らなんかについてかねぇからな」
 「そこをなんとか頼むよ兄上ー」
 「あにうえ!」
 「お前らみたいな可愛げのない弟なんかこっちから願い下げだよ双子」
 「名前で呼べよ!」
 「ジャスデロだよ!」
 「知ってるよ」
 相変わらずのテンションについていけないと肩を落としながら、闇の中にゆるりと浮かび上がるロードの扉へと向かう。こんなにタイミングよく出すんなら、もしかしたらどっかでこれを傍観してるのかもしれないな、とティキは思いながら、ドアノブに手をかけた。
 しかしドアノブを掴むは良いが開くことは叶わない。後ろからジャスデロは左腕、デビットが右腕に抱きついてきたからだ。
 突然のことに振り払うことも叶わず、しがみついてくるジャスデビに呆れた声をあげる。
 「あー、何お前ら。そんなに俺に喧嘩売りたいのか。そうなのか。受けて立つよ、もー」
 「ひひっ、ティッキー大好き!」
 「大好きだぜー」
 ぐりぐりと身を寄せてくるジャスデビ達に猫の姿を脳裏に浮かべるが、ティキは体を透けさせて一歩後ろに引いた。ティキの体に寄りかかっていたジャスデビは体を凭れさせる相手を無くして、シンメトリーに転んだ。こんなところまで一緒とは。ティキは心の中で感心するが、二人は未練がましい目でティキを睨んだ。予想以上に怒ったらしい。
 「何故透ける!」
 「親不孝者!こんな子に育てた覚えは無いよ!」
 「さっきと言ってること違うくね?」
 ティキは銜えていた煙草を地面に落とすと、じゃり、と靴で踏み潰した。ふっと口から煙を吐き出して、紫煙がゆらりと立ち昇っては闇に溶けた。
 「褒めても告白してもお前らのためになんてわざわざ動かないから」
 「ケチ!」
 「尻軽!」
 「何が!?」
 じたじたと暴れる二人は、諦めたのか溜息を吐くと、ティキの正装服の裾の両側を引っ張った。そして今度は何だと見下ろしてくるティキに向かってにっこり笑うと、両手を差し出し子供のように強請る。
 「おんぶ」
 「だっこ」
 「・・・・・・・・・・・・二人でやれば?」
 冷たい言葉は「できるわけ無いだろ考えろよばーか!」という台詞に却下された。





 「おや、お帰りなさい」
 「あーっ、いいなぁ!」
 余談だが。その後、結局体にずるずると双子をくっつけて帰ってきたティキは、ロードに肩車して、とまた頼まれて、もはや謎の塊へと化した状態で一時間程過ごす羽目になる。
2007/7・22


TOP