■世界は既に井戸の底
零崎として生まれる前から、俺は変態を数多く見てきたと思っている。
変態が周りに多すぎて、こいつらはおかしいと思っている己の方が逆におかしいのではないのかと思ったことがあるほどに、俺の知り合いには変態が多い。
そりゃ、殺し名やらがまともな人間であったほうが逆に恐ろしいものもあるかもしれないが、そんなこともまぁ置いていい程に、(というか殺人鬼である俺に変態だと言われるのも心外なのかもしれないが)周りの奴らは、変態なのだ。
少なくとも、20代後半で女子中学生にハートマークの乱舞しているメールを何度も何度も何度も何度も長く長く長く長く長く、ストーカーさながらに送りつける男を一般人だとは、俺は思っていない。
っていうかそんな一般人嫌だ。
世界はすでに滅んでいるはずだ。そんな人間が一般人だったら。
むしろ滅べ。
そんな変態が一般な世界なんぞ、滅んだ方がいい。そんな所に、俺は住みたくない。
しかし、悲しいことにその男は己の家族な上に、零崎三天王として己と同じ土俵に立っている。
世界ってこんなにも悲しいものだったのかと今更思う今日この頃だった。
が。
変態が居る所には変態が集まる。類は友を呼ぶ、とでもいっているように、28歳になってまた、周りに変態が増えた。
類は友を呼ぶ、なんて言ったら、まるで俺が類のような気さえしてくる。
断じて、俺は類じゃないはずだ。(今まで変態だと家族を詰ってきたものだから、少しだけ申し訳なくも思うから)
そして近頃増えた変態というのが、
「ぼーくーさーつーてんしー血しぶきどくどくドクロちゃーん ぼーくーさーつーてんしーしんぞーどくどくドクロちゃーん」
これだ。
背後であの赤い人類最強が担いで持ってきたあの真っ赤なソファに胡坐をかいて座って、真っ白なスーツをきっちり着こなし、いつもかけているサングラスを外して手で弄びながら、アニメの曲を、歌っている。
変態だ。
というかむしろ馬鹿か。
今年でなんと31歳(30ならまだしももう31だ)になる、世界を敵にまわしたこの男は、何か思いついたかと思えば女子高の制服を何処かから入手してきては着る気はないかと迫ってきたり、某ネズミの王国の耳(近頃のあの耳はカチューシャではなくヘアピン式になっている。世の移り変わりは激しい)を眠っている間につけようとしたりと好き放題だ。
何度も言うが、この男、31歳なのだ。頭がイってしまっているに違いない。
「はぁ・・・」
そんなことを思いながらブラックのコーヒーを胃に流し込むと、少し切なげに兎吊木は溜息を洩らした。
「ドクロちゃんみたいにお前もミニスカ穿けば・・・むしろ部屋を開けたらお前の着替えシーンに遭遇したりとかすればなぁ・・・」
「ほほう?そのドクロちゃんとやらみたいに、バットでお前の頭抉ればいいのか?お望みの通り動いて差し上げようか?ああ?」
「そういうのはノウサンキューだ式岸。そんなのだったらお前からキス迫ってきたりとかそれぐらいを所望する」
兎吊木はテレビ画面から目を離さずに、手だけで俺を制す。「2人っきりなんだからツンデレのデレを出してきても良いじゃないか」とぼそりと聞こえたもんだから、本気で脳髄引きずり出してやろうかと頭を掠めた。
「マンネリも良いところだろ?たまには可愛く俺を誘ってみるとか、サービス精神はないのかサービス精神は!」
「そういうのは夢の中だけでほざいてろハゲ」
縋るような目で振り向いてきたもんだから、自分に出せる限界の低い声音で脅す。「ああ・・・何で神様はもうちょっと心優しい式岸を作ってくれなかったんだろう」とごにょごにょ呟きながら、兎吊木はソファにごろんと寝転がり、めそめそと泣きまねをする。
それを言うなら、神様はどうしてもうちょっとまともな兎吊木を作ってくれなかったんだろうか?生きる有害生物に成り下がりそうな同僚なんて、俺は断固拒否する。
チャンネルを変えると泣きながら追ってくるので、黙ってテレビを見る。最初のオープニングが終わって、一時CMに入る所だった。おそらくアニメキャラの声が、番組提供に金を出した株式会社やらの名前を出す。二つほど、前に死線が手助けをした会社名が出て、気分が悪いから潰したい会社があるのですがと進言してみようか。近頃潰したい会社も無いらしく、暇をしていると聞いたばかりだったし。
というよりも、この声優はこの声を出すのにきっと苦労したんだろうなぁ、とどうでもいいことを考えてみた。20歳後半になって10代のキャラの声を出すハメになる声優は凄いと思うが、恥ずかしくは無いのだろうか。
「・・・・・・・・・兎吊木?」
なんとなく黙りこくった兎吊木を不思議に思って名を呼んでみると、返事が無い。
まさか、不貞寝でもしたのか!?
ぎょっとして、試しにチャンネルを変えてみる。ニュース番組を丁度良く映す局に当たったのか、ベテランそうな女性が交通事故で3人死亡、1人重症だということを感情の無さそうに喋っていた。
兎吊木からは反応は無い。
「・・・寝たのか」
では、先ほどのアニメを嫌々見る必要は無くなった。少しだけ安心し、ニュースに集中する。偶に零崎の奴らがヘマをして、ニュースに取り上げられることもあるのだ。氏神にも連絡して色々手を回してもらわなければならないこともある。
マグカップの中が空になったので、コーヒーをいれようと腰を浮かすと、兎吊木がぼそぼそと何かを呟いた。一度目は聞き取れず、動きを止めて何を言っているのか聞こうとする。
「・・・・・・う・・・・・・・・そんな・・・・・式岸、激・・・・し、いぎゃっ!」
即座に近くに置いていた灰皿(¥30’000)を隙だらけの腹に投げつける。骨にでも当たったのかどふ、と嫌な音が響いたが、気にしない。
心の片隅でガッツポーズをしながら、胃液が戻ってきたのが苦しそうに喘ぐ兎吊木の横にごつっと落ちた灰皿を取りにいく。
「ちょっ、なに、俺が何かした・・・!?」
「にやにや笑って気持ち悪いこと言ったから虐待した」
今にも泣き出しそうな兎吊木を鼻で笑ってやり、灰皿をテーブルの上に戻す。本気で痛いのか、腹を押さえて蹲り、うっうっと嗚咽を洩らし、兎吊木は悲しそうに呟いた。
「さっきまで本当に可愛かったのに・・・」
さっきの灰皿を頭に投げなかったことを心の底から俺は悔やんだ。
2007/4・04