■ピンクの泥沼
「嫌だ!ぜっ、たいに嫌だ!殺せ!いっそ殺してくれ!」
「これ以上となく取り乱している式岸もまた乙なので、これだけでも十分なんだけどなぁ」
現在、昨日まで仁王立ちしながらにやにやと笑うサングラスの男を、床に叩き伏せ顔面踏み潰し殴る蹴るの暴行を加えていた式岸軋騎さん(29)は、自宅のマンションの部屋の隅っこでがたがた震えながら必死で迫り来る赤い女を拒絶していた。
彼女はいつもどおり真っ赤なスーツでびしっときめていて、そしてその口元には不適な笑みが浮かんでいる。
「ふっふっふ・・・軋騎ちゃんも往生際が悪いぜ・・・?黙って大人しくこれを着るがいい!」
ばんっ、と怯える軋騎の前に差し出されるものは、某有名高等学校のセーラー服だった。ちなみに澄百合学園ではない。
紺色のプリーツスカート、襟だけが紺色の白い夏服。赤いスカーフ。
どっからどうみても、なセーラー服だった。
「誰だこいつを酔わせるぐらい酒飲ませた奴は!これ以上手が付けられねぇ奴もいねぇっつーのに!」
「いやー、良い飲みっぷりだったんで、ウォッカを2、3本」
「てめぇは世界を滅ぼしたいのか!!」
襲い掛かってくる赤い最強を渾身の力で跳ね避けようとするも、力云々で勝てるわけも無い。
見下ろしていた兎吊木も、のんびりとソファに戻り、手酌で酒を飲みなおし始める。
「ちょっ、原因!てめぇ止めろや!」
「人類最強に貧弱な引きこもりが適うわけ無いだろ殺人鬼。象と蟻どころかノミと鯨だよ」
「ちょっとは努力しろ!」
助ける素振りもない兎吊木に叫び続けていると、いきなり最強は動きを止め、軋騎の胸倉を掴んだ。そして、引っ張るのと同時に、逆の拳がごっと音を立てて軋騎の頭を殴る。
「・・・・・・・が、あっ」
意識が飛びそうになる。
「さっきからぐだぐだとよぉー」
朦朧とする頭で潤を見上げると、彼女は酷く不快そうな顔で軋騎を睨んでいた。
「あたしより身長が高い上に我侭言いやがって・・・男ならもっとしゃきっとしろボケ!」
「しんちょうは・・・・・・・・かんけ・・・・ないん、じゃ」
「うっさい!」
「がふっ」
どすっ、と容赦の微塵も無く潤の長い足が軋騎の鳩尾にきまる。
そのまま腹をどすどすと蹴りながら、泥酔した潤はぶつぶつ呟き続けた。
「男ってなんであたしより背ぇ高いんだよーよりによって顔もいいしさぁ、できることならあたしだって男に生まれて、世の中の可愛い女の子達を手篭めにしたかったのに、むかつくっ!」
「げほっ、ちょっ、まぁ、っ」
「っていう訳で、あたしの夢ぶち壊したお礼として、着ろ」
「がはっ、かはっ、べっ、別に俺がてめぇの、ゆ、めをぶち壊したわけじゃ」
「問答無用っ!世界であたしより背が高くて美形は皆敵だっ!」
「き、着方なんざ、しらね・・・・・」
「じゃあ力ずくでやるまでよ!脱げ!むしろ剥いでやる!」
「ぎゃあああああああっ」
ボタンを取るというよりもびりびりとか布の裂ける音を聞きながら、彼女より一cm身長の低い兎吊木垓輔は、静かに目を閉じ、そして手を合わせた。
合掌。
「(式岸が死にませんように)」そう思う限りだ。
「うっ」
10分後、ぴたりと潤は動きを止めて、口を右手で押さえた。
顔色が悪い。
「気持ち悪・・・」
「あっはっは、トイレなら突き当たりの左だよー」
なんでお前がこの家の構造を熟知しているんだというツッコミが入る暇も無く、潤はふらふらと立ち上がりリビングを出て行った。
パタン、と音を立てて扉が閉まり、リビングには兎吊木と軋騎の二人だけになる。
軋騎は死ぬ間際だったが。
「なんていうか・・・犯される五秒前の処女?って感じだね」
「・・・・・・・・・・・・・・」
中途半端に着せられていたせいで、衣服は乱れに乱れている。
ぐったりと床に倒れている軋騎はぴくりとも動かなかった。
セーラーのスナップはちゃんと止められていないし、スカーフも肩にかかっているだけで放置されている。プリーツスカートはしっかり着せられているが、足を曲げているせいで太腿が見えるし、セーラーから覗いた腹も胸元も、どこの暴漢に襲われましたと聞きたいぐらい肌蹴まくっていた。
後ろに撫で付けていた黒い髪もはらはらと顔にかかっていて、息も絶え絶えなまま目を閉じている。
なんだよもー可愛いなぁ強姦したまま監禁しちまおうかなどど考えながら、兎吊木はソファから立ち上がり、軋騎の前まで歩いていく。
しゃがみこんで、頭を撫でた。
「据え膳喰らわば男の恥・・・でもなぁ・・・今あの女が帰ってきたら3Pになる可能性もあるしなぁ・・・」
「据え膳喰らわばって実際の所火事場泥棒みたいなもんだし、潤が戻ってきても3Pなんて意地でもさせねぇよボケ・・・!!」
「お?起きてたんだ」
返ってきた返答にくすくすと微笑み、えへへへと恍惚の表情で力尽きている軋騎の首やらを撫で上げる。
「しかしあの赤いのもイイコトするじゃないか。セーラー服というのはありきたりな気もするけど、王道好きのあの女ならではのチョイスだし、まぁいっか。可愛いねぇ。一回5万?」
「腐ってんじゃねぇよ変態」
「ふふふ、このままお前を抱けるんなら5千万ぐらい出すよ」
「俺の財産の10分の1にも匹敵しねぇよ屑が・・・!!」
話が何故か金に移っている。
一回5万だなんて言われたせいで、軋騎も普通の思考が出来なくなっているようだった。兎吊木はそんなことを微笑ましく思いながら、頭を撫で続ける。
馬鹿だなぁ。
「じゃあ、このまま女装は嫌だろう?脱がしてやろうか、はぁはぁ」
「ちょっ、待て!馬鹿だろうお前!」
「相変わらず足細いなぁ」
「どこのおっさんだ!」
軋騎の静止を聞くことも無く、嬉々として兎吊木は軋騎のスカートに手を掛け、そして後ろに吹っ飛んだ。
声を出す暇も無く、顎に背後から来た人間の足を引っ掛けられ、力ずくで後ろに飛ばされる。
一瞬、兎吊木の体が浮いて、逆さまにソファに叩きつけられた。
「・・・・・・・・・」
「あたしの可愛い子に手を出すな」
哀川潤が、いつのまにか軋騎の前で仁王立ちしていた。
えっ、あんたいつのまに来たんですか。っていうか可愛い子って。
色々と聞きたい事だらけだったが、当の本人はそんなことはいざ知らず、ふんぞり返るだけだった。
「っていうか軋騎、抵抗ぐらいしろよなー。囚われのお姫様より駄目じゃん」
「両手両足動かねぇんだよ!」
「えー?」
潤は不満げな顔をしながらしゃがみこみ、軋騎の両腕を触る。怪訝な顔をして軋騎を睨んだ。
「・・・関節外れてるじゃん。誰がやったんだよ」
「お前だろ!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「深いことは気にすんな。うわはははは!」
「こっ、この女・・・!」
殺意も湧いてくる。軽快に笑う潤を睨みながらも、軋騎はぎりっと奥歯をかみ締めた。
「まぁ、いいじゃん。いつか気が向いたら着てやれば?この変態喜ぶかもよ」
「別に喜ばせたいとか思わねぇよ」
「あたしに向かって偉そうな口聞くな」
「いった!」
ぎりっと腕を抓まれて、悲鳴をあげる。
「じゃあ、またあの変態に飽きたら呼んでくれ。苛めて・・・いや、虐待してあげるから」
「死んでも呼ぶか」
そしてそこで言い直すな。
ふふん、と潤は笑って見せると、スカート捲りと呟き、プリーツスカートをぎりぎりまでたくし上げた。
絶句。
「じゃ、あの変態が起きたら直してもらえよー」
そうして嵐は去っていった。
彼女の出て行った扉を見つめながら、屈辱に顔を歪めつつ、軋騎は心に誓った。
我が家で酒盛りは禁止だ。
2006/2・04