■夏色の愛人
 「軋騎」
 「何でお前が家に居るんだよ」
 「俺はお前が好きだ」
 「其処の棚に体温計があったはずだから使ってみろ」
 一世一代の告白に、夏色模様の殺人鬼は顔色を微動だに変えず正面の棚を指差した。



 「一秒も持たなかったよ」
 「ショボッ」
 ふらりとリビングに帰ってきた兎吊木に人識は非難の声を投げた。双識は人識の向かい側に座りながら溜息を吐く。
 さっき同じように振られて帰ってきたのはどこのどいつだったか。
 しかし、双識本人も同じようなものだから口には出せない。
 「全滅かぁ・・・・・・・・」
 「大将好きな奴居るんだろ?無理なんじゃね?」
 人識は椅子の前足だけを浮かせて椅子ごと体を斜めにして天井を見上げる。
 白い天井はただ何も変えずに平べったく当たり前にあった。
 彼らの心に気を留めている零崎軋識に思い人が居るというのはその中の一人、兎吊木から知らされている。
 「まぁしかし、あれは愛とか恋とかそういうのより敬愛とか服従とかそういうものなんだと思うんだけどね」
 「それがわっかんねぇんだよな。どーいうこったよ」
 「心の底から神を愛する信者が居ても、それは恋とは呼べないし、付き合えもしないだろ」
 「はあん。なる」
 人識が考え深そうに顎に手をやった。兎吊木はそっと扉を見る。
 蒼色に思いを寄せるのは自分も同じ。しかしそれは恋じゃない。彼女の幸せのみを望む程度では、まだ。
 それが分からないほどガキではあるまい。腐ってもチームのメンバー。殺人鬼であっても、それは。
 無言になった兎吊木を見て、双識は立ち上がる。
 ガタリと音を立てた椅子に反応して、人識が目線のみを双識に向けた。
 「こうなれば、順位制で行こう」
 人識は呆れたように息を吐いた。



 「・・・・・・・・・・・ソレデ?」
 「誰が一番好きか言って欲しい」
 三人一緒になって軋識の部屋に押しかけ、コーヒー片手の軋識に詰め寄る。
 「自分の性別見直して来いっちゃ」
 「今更性別がどうとかっていう問題じゃないんだよ、アス」
 「どういう問題だっちゃ」
 「心の問題だよ!」
 ばん、とテーブルを叩いて双識が言った。いつもなら笑い事で済ませれるが無駄に真剣そうだ。
 軋識は双識のテーブルを叩いた手を見て、双識を見上げる。
 「全員で集まったかと思えば、これっちゃか」
 呆れたように、軋識は呟く。その声は何処か疲れたようで、何処か悲しげだった。
 「変態だ変態だと思ってたっちゃけど、実に困ったっちゃね」
 「え、何だよ大将、それ俺も入ってんのかよ」
 人識がおどけた様に肩を竦めて見せる。
 「お前背が高い女が好みって言ってたっちゃろ」
 「そうなんだけど、よ。大将に嫌われれば悲しいし、避けられたら嫌なんだよ」
 「それは、家族の域に入ってるっちゃよ」
 「俺は兄貴しか家族とは認めてねぇ、とも言ったぜ?」
 軋識はこいつもか、と思って片手で顔を覆い、兎吊木を盗み見る。
 兎吊木はにや、と笑って唇で弧を描く。
 好きだよと、呟いた。
 「これが噂に聞く逆ハーってやつだね」
 「オタク用語を出すな。それに何か違うくないか・・・・・・っあー・・・・クソ」
 軋識は溜息を吐いて椅子から立ち上がる。
 「分かった。じゃあ全員、愛人から始めよう」
 双識はぽかんとして、人識は驚いて、兎吊木はくすくすと笑った。



 格が上がるまでいつまでたつか分からないけれど。
 交換日記でもやってやろうか?
2006/4・6


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