■ロシアンルーレット


 「人識君、今日はうっかりロシアンルーレットの夕飯ですよ」
 ソファに寝転がって新聞を斜め読みしていた人識の目の前に、舞織が酷く暗い声でやって来た。
 今なら死んでも良い並な悲壮な面持ちで、見上げた人識がスパッツ履くと兄貴に怒られるぜと注意することが出来なかったぐらいどんよりとしている。
 「・・・・・・なんだよロシアンルーレットって。食ったら死ぬって奴?」
 「死ぬかもしれません」
 少し笑いながら言ってやると、本気で返答される。
 うっ、と目から涙を零して、舞織は軋識と双識が座るテーブルの方を指差した。体を上げて、人識もそれを見る。
 カレーライスが5つ置いてあった。
 「一つだけ」
 静かに、言い放つ。

 「一つだけお兄ちゃん製です」

 「・・・・・・・・どれが?」
 「分かんないんですよぉ!」
 わーんと舞織は悲鳴を上げた。あ、成る程これはロシアンルーレットだなぁと人識はぼんやりと思いながら、引き攣った笑みを浮かべる。
 散々己の作ったカレーをゲテモノのように扱われた双識は、苦々しい顔で2人を制した。
 「そんな、不味いとは限らないじゃないか」
 おめーのカレーが旨くなるはずねぇだろうが。
 地獄を知る三人は一斉に心の中で呟く。



 「お兄ちゃんが作ったんですからお兄ちゃんから食べてくださいよ」
 一応テーブルに着き五つのカレーを目の前にして、舞織が言った。ええ、と双識は嫌そうな声を上げたが、舞織に睨まれて渋々皿に手を伸ばす。
 「待つっちゃ。おいレン、おめーどれが自分の作った奴か分かってるっちゃか?」
 「え、分かんないけど」
 「ストップ。兄貴が選んだのが大将のカレーだったら、兄貴の俺らの誰かが食わなきゃなんねぇじゃねぇか」
 もう一度皿を中央に戻し、全てを見比べる。
 見た目に違いはまったくと言っていいほど無い。普通にカレーだ。匂いも全て同じようだし、食べてみなければ全然わからない。
 「ところでレン。今度はお前何入れたっちゃか?」
 一応、もしも食べてしまったときのために中身だけは知っておこうと軋識が聞いた。双識は自分で入れておいたくせに分からないらしく、腕を組みながらカレーを見比べていた。軋識の問いに、少しだけ首を傾げる。
 「え、レモン汁だけど」
 「てめぇ調子にのんなぁあああ!!!」
 テーブルを飛び越え、人識のドロップキックが双識の腹に直撃する。「おふっ」と変な声を上げてそのまま椅子ごと後ろに倒れた。
 「えーどうしましょう?お兄ちゃんの作ったカレーは絶対に食べたくないですけど、お腹減りましたよー」
 「そのお兄ちゃんがドロップキックされるのは普通にスルーするっちゃね・・・」
 後方で零崎の異端と零崎の極端による壮絶なドメスティックバイオレンスが繰り広げられていたが、舞織は無視した。軋識も無視した。

 「・・・・・何だ、騒がしいな」

 そんな中、扉を開けて曲識が遅れてやってきた。零崎三天王の彼は酷く冷静に双識と人識を見るがやはりスルーし、舞織と軋識が座るテーブルの、自分の指定位置に腰掛ける。
 「今日はカレーなのか。・・・・・皆食べないのか?それとも皆で絶食にでもチャレンジしているのか?」
 「いや、トキ。それがだな」
 かくかくしかじかと割愛しながら軋識が説明する。「ふむ」と聞き終えて曲識はカレーを全て見比べ、「成る程。悪くない」といつもの様子で呟いた。
 「どこら辺が悪くないんですか曲識さん・・・レモンですよ?レモン汁ですよ?おかしいにも程がありますって」
 「しかしレモン汁は牡蠣にかけて食べられるだろう?食えないわけじゃない。・・・だが、舞織がおかしいというのなら、そうなのだろう。悪くない」
 「全てに悪くないってつければ何事も会話がスムーズに進むだなんて思ってんじゃねぇっちゃよトキ」
 ツッコミしないにも程がある。
 「カレーと牡蠣に何の関係があるって言うっちゃか。「か」しか共通してねーっちゃ」
 「しかしカレーと牡蠣に一つでも共通点を見つけられるところがお前のいい所だアス。言ってみただけだったが、まさか其処まで考えてくれるとは思っていなかった」
 「言ってみただけかよ」
 しかしこのままでは夕飯にありつけないな、と話題を戻し、曲識はスプーンを手に取る。
 「じゃあ俺が全部味を比べてみればいいんじゃないか?」
 ぴたりと双識と人識が喧嘩をやめた。軋識と舞織も驚いて固まる。
 「や、止めとけよ!不味さで泣けてくるぜ!?」
 「お腹痛くなりますよ!?」
 「5,6時間は吐き気が治まらないっちゃよ!?」
 「ちょっ皆して酷いよ!」
 「まぁ、皆に止められるほど不味いのかどうかは分からないけれど、毒見、いや味見をしなければ皆夕飯はコンビニで済ますことになってしまうだろう。コンビニは駄目だ、バランスが悪い」
 「ええっ今トキ毒見って言った!?なんか普通にスルーしてたけどちょっと視線合わせてよ!ねぇ!?」
 曲識は静止の言葉をのんびりと無視して一つ一つ小皿に盛って口に運ぶ。四人が息を呑んで見つめる中、じゃがいもを咀嚼してごくりと最後に飲み込んだ。
 「ど、どうでした?一つおかしいのはどれでしたか?」
 舞織がおろおろと問いただす。曲識は口元に手を当てて少し考えて、上を向いた。
 「特に全部不味くは無いけれども」
 ぽつりと呟かれた言葉に双識以外がぎょっと目を見開く。
 「ええっ、おかしいですよ曲識さん舌カビてるんじゃないですか!?」
 「えっちょっ、舞織ちゃん素直に私が作ったのがおいしいって考えれないの!?」
 「腐ってるじゃなくてカビてるってのがなんかやだなー」
 「トキ、お前味覚障害かなんかっちゃか?」
 それぞれが慌てながら曲識の安否を気にするが、いつものペースで普通だ、と返した。
 「レモン汁とはいえ食べ物は食べ物だろう。胃の中に入ってしまえばあまり問題は無いと思うが」
 「結局振り出しに戻るんですかー」
 舞織はしょぼん、と悲しそうに項垂れる。なんにしろ双識の作ったカレーは食べないつもりらしい。
 「ちょっ、トキは普通に食べれたんだから問題ないって!」
 「まぁ、レンがそういうのならばそうなのだろう。悪くな・・・・・・・・・・・・う」
 台詞の途中で、曲識が止まり、ごとっ、と曲識がテーブルに倒れこんだ。その後ぴくりとも、動かない。
 ・・・・・・へんじがない。 ただしかばねのようだ?
 
 「「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 遅効性かよ!
 一同が一斉につっこむ。殺人鬼の心の声が揃った。
 すっと軋識は立ち上がり、にっこりと笑って双識を見下ろす。財布を取り出し人識に投げる。
 「・・・・・レン、後かたずけ任せた」
 「・・・・ご、ごめん」
 口元を押さえてテーブルに突っ伏した曲識を見つめ、軋識は溜息混じりに曲識を洗面所へ連れて行き、舞織と人識は軋識に命じられコンビニへと夕食を買いに走っていった。
 「・・・・ところで、カレーどうするの?」
 「全部てめーが食え」
 「す、すみませ・・・」
2006/11・30


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