■優しい恐怖
彼を守る人はいたんだろうか?
「恐怖の植え付けって、相当なもんだと思うんですよね」
いつだったか、マネージャーが言った。
「誰だって痛いのは嫌ですし、怖いのも嫌ですよ。それが目に見えて、確実に、そこにある恐怖だったら、近づきもしません」
自分から猛獣に突っ込んでいくマゾヒストなんて、アメフトに向いていないと思いますしね、と。彼女は自動販売機から缶を取り出し、自分に向かって投げた。空中で受け取る。
「その場にいるだけで人を守れるってのは凄いことだと思いますよ」
マネージャーは自分の分の飲み物を得るため、自動販売機のボタンを押しながら言った。
貰ったコーヒーは、一口目で舌を火傷して味が良く分からなくなった。
何一つ、守れてなんて、いないはずなのに。
マルコの首は、異様に白い。
白人ってのは皆こんなにも儚いもんなんだろうかとぼんやり思いながら、隣に座り、今しがた走ってきた体を休めるマルコを見下ろす。
陶磁器のような肌を汗が伝った。
じっと見つめていると、視線に気が付いたのかはたまたなんとなくなのか、マルコが顔をこっちに向けて、何だよと小さく顔を歪めて聞いてきた。
「お前って、なんつーか、血が流れてなさそうだよな」
「おいおい酷いっちゅう話」
はは、と乾いた笑いを零して、マルコはいつも持ち歩いているコーラを口に持っていく。
俺達には、決まりがあった。
普通ならおかしいのかもしれないけれど、友人とか親友の域を越した感情が、俺とマルコにはある。(もしかしたら俺の独りよがりかもしれないけれども)
しかし、例えばマルコが他の誰かと付き合ったら俺はそれを喜びつつからかったりするし、俺が誰かとつきあってもマルコは笑いながらいつもどおりの反応をするだけだ。
でも、それでも俺達は、相手のことが好きだ。
そんな俺達には、付き合うという関係に、最も言葉が欠如している。
「好きだ」と、言ってはならない。
弱みなんていらないと、思いやりなんて傷の舐めあいなんて、お前にいらないよと。マルコは言った。
俺達は未だに、告白さえしていない。
一番俺を恐れているのは、俺が守りたいその人だというのに。
「マルコ」
呼びかける。
コーラを飲むのをやめて、首を傾げながら俺を見上げてくる。
「キスしていいか」
「いいよ」
微笑んで、マルコは自分から身を乗り出して、俺の瞼にキスを落とす。口にはやってくれないだろうか。
まるで、嘘のような行動だと思う。薄っぺらで、意味を持たない。
お前が好きだと。
俺の口はその言葉だけ吐くことを許さなかった。
「恐竜は、恐れられるからこそ最強になりえたんだよ」
心の中を読まれたかのように、そう耳元で忠告される。
わかってる。嫌になるくらい、分かってる。
優しさなんて必要ないと、逃げるように彼は言った。
2006/11・27