■拝啓、神様へ
 
 いかがお過ごしでしょうか?
 もしこの現状をはるか上空にて笑って見ていらっしゃるのでしたら、引き摺り下げててめぇの頭かち割る次第で御座います。



 ――――そんな馬鹿な。
 と、しか、軋騎は言えなかった。
 夢オチとかそんなのだったらまだ笑って許せる。頭が痛くなって、軋騎は頭に手をやった。
 滑らかな、動物の毛特有のふわふわした触り心地のその耳に、ぎょっとして腕をひっこめる。
 そんな馬鹿なそんな馬鹿なそんな馬鹿な!
 悲鳴を上げなかった自分に、軋騎は拍手喝采だった。声を上げれば確実に隣に(何故か)寝ている兎吊木が目を覚ます。目を覚ませば今の状況に対してのこいつの反応がありありと頭に浮かんだ。
 今、朝日を受け絶望によって苦痛に顔を歪める軋騎の頭には、おそらく獣耳といえば!で一番今思いつくであろう猫耳が生えていたのだった。触ってみると分かる、生物特有の生暖かさが指に伝わって、軋騎はうっかり気絶しかけるところを、何とか持ちこたえた。
 現在、軋騎、である彼の髪の色は染め上げられた黒だ。軋騎からは確認できないが、その頭には生えている二つの耳も、当たり前とでもいうように、黒猫のとがった耳で。
 世の中には尻尾の生えている人間も居る。男なのに乳が膨らむ人間だって居る。しかしおまえ、猫耳ってありですか?
 ベッドの上で俯き、この状況を何とかして打破しようと、今まで暴君のために使ってきた脳をフル回転させる。今、式岸軋騎は必死だった。
 と、そこで。
 ベッドのすぐ横においていた、軋騎の黒い携帯からありきたりな呼び出し音がかかった。ひっ、と小さく悲鳴をあげ、慌てて取り、通話ボタンを押す。兎吊木を確認すると、まだ眠っていた。
 良かった・・・!!
 今までに無いくらい安堵し、はい、と小さく返事をする。
 「やぁ式岸くん。具合はどうかな?」
 「・・・・・・・・・・・・・・・春日井か?」
 電話に出たのは、とある世間では知らないものは居ない、生物学者春日井春日その人だった。
 とある伝手により2,3回酒を奢っただけの、友達とも言いにくく、他人というには馴れ合いすぎたその彼女は、電話ごしにそうだよとなんでもないように返答した。
 「何か体に異変とかある?吐き気は?眩暈とかさ、まぁ、体が縮んでたとか耳が生えたとか尻尾が生えたとか、そんなのは?」
 「まさか、お前」
 「三日前に君と居酒屋行ったときにちょっとお試し中の薬を投与しといたんだけど。かなり遅効性だから、そろそろかなーって」
 「人を実験台にするな!訴えるぞ!」
 「あっは。そんな怒らないでくれたまへ。生物実験はちゃんとたくさんやってるよ。3時間ぐらいすればだんだん直ってくるはずだから」
 「だからって・・・!」
 春日はお遊びだよ。まさかそんなので怒る君じゃああるまい。といつものような抑揚の無い声でべらべらと喋る。
 「君に色々お世話になってるから、もし直らなかったら私の技術全てを持ってして治してあげるから。後も残さないよ。それに解毒・・・あ、いや、・・・・・・・・治す薬もあるし。それにギャグだから一話で直るよ」
 「お前今解毒っつったろ。毒?毒なのか?お前これが毒っつー自覚があるんだな?っていうか最後のなんだそりゃ」
 「気にしないで。私は連日ノリツッコミを助手に伝授するために徹夜で頑張ってるからとてもねむねむなのです。だからうわ言を喋るように・・・という訳で眠いからきります。じゃあね」
 「おいっ、ちょっ」
 ぶつっ、と音を立てて通話が切れる。
 あの女、何があったか聞かないところからして何が起こったか知ってやがるな・・・!
 ぎりぎりと携帯を握り締め、殺意と屈辱に顔を歪めて、今だよくもならない状況に舌打ちする。
 あの忌々しい脳味噌空っぽ女め・・・!七愚人に誘われるぐらいの頭持ってるぐらいなら、もっと有意義に頭使いやがれ、と心の中で毒を吐き捨てる。
 しかし状況は軋騎の味方をしない。
 がしり、と、携帯を持つ右手が掴まれた。
 「・・・・・・・・・・・」
 見なくとも、気配やら状況で察することが出来る。
 嫌そうにちらっとそっちを見やると、兎吊木垓輔が目を見開き顔を引き攣らせてこっちを凝視していた。
 細かく言えば頭の耳を凝視していた。
 「お、おおおおまえ、いつの間に萌えキャラの座を勝ち取ったんだ・・・!?」
 「知るかぁああ!なんだ萌えキャラの座って!以前は誰が君臨してたんだよ!」
 「そ、そんな、むしろ俺としては獣化よりも女体化アンド幼児化の方が萌えだけど、今更そんな我侭言わない・・・!神様グッジョブ!そして俺万歳!」
 「今までの春日井への殺意が一瞬にて吹き飛んだわ!てめぇほどムカつく野郎を俺は今まで一度も出会った事無かった!殺意を飛んで嫌悪感の方が先立つ!」
 がしっと軋騎の右手を両手で掴み、うっとりと兎吊木が笑う。
 「今時猫耳なんてありきたりすぎてあんまりときめかないとか高を括ってたけど、いつまで立っても人間の心の奥底に潜む猫耳への忠誠心は変わらないもんだと再認識したぜ・・・ありがとう式岸!あっそうだ尻尾は!尻尾こそあって獣化だろ!?尻尾が性感帯とかそういうのなんだろ!?見せろぉぉ!!」
 「何だこいつ!今まで一番の馬鹿力発揮しやがって・・・!!根暗の上でオタクなハッカーなんて地獄に居ても迷惑な奴、なんでこの世界に誕生しちまったんだろう!どさくさに紛れて尻を揉むな!!」
 がんがんと気絶させるつもりで内臓を中心に軋騎が兎吊木に向けて蹴りつけるが、押し倒す、というよりも抱きつく形で兎吊木が軋騎に覆いかぶさる。
 ぎゃああ、と悲鳴をあげつつベッドから崩れ落ちた。背中を打って痛みに悶えている軋騎に、今だと言う風に兎吊木が猫耳に触れる。
 「きっキモ!ぎゃああ頼む触らないでくれ、ひぃっ!」
 「すげーちょっふわふわしてるよ!にゃんこにゃんこ!」
 「完全にキャラ壊れてるよ!にゃんことか言うな!」
 ふにふにと頭に生える耳を指の腹で挟んだり撫でたりをする。よくある、耳が性感帯というわけではないが、気持ち悪いのか全身で軋騎は拒絶する。
 「ああ・・・これで尻尾があれば完璧なんだけどなぁ・・・尻尾・・・あっ、そうだレントゲン取ってこようぜ!体に何か変化あるかもしれない!猫人間猫人間!」
 「ちくしょぉぉ!今だとでも言うように学者魂前面に押し出してきやがって!どこの世の中に耳の生えた人間のレントゲン取ろうとしてくる人間がいるってんだ!」
 ふふふふふ!と愉悦の笑い声を上げながら兎吊木が耳を撫でていると、ぴたりと軋騎が動きを止めた。
 「おや、どうしたんだい式岸。観念でもしたのかな?」
 「・・・・・・・い、いや、なんか」
 耳が、と軋騎は呟く。うん?とやっと兎吊木は耳から手を離し、軋騎の顔の両側に両手をついて、軋騎を見下ろす。
 いきなり軋騎は頭を押さえて苦しみだした。
 「いっ・・・」
 「わ、なんだ?大丈夫かい?もしかして・・・副作用で死ぬ?それとも尻尾」
 「でねぇよっ!」
 馬鹿じゃねぇのかと渾身の力で兎吊木の急所に蹴りを入れた。
 「ぐああっ!」
 ごん、と頭を床に打ち付ける。軋騎は頭の痛さに悶絶しているし、兎吊木は大事なところが痛くて悶絶していた。別名地獄絵図である。
 苦しみつけること3分。
 脂汗を出して身を起こした軋騎の体の下には、抜け落ちた髪の毛が、猫の耳の分はらはらと落ちていた。



 実を言うと、耳が生えたのは軋騎が寝ている間で、生えたときから今でやっと三時間経過していたので、今薬の効き目が無くなった所だったのだった。
 耳が生えたとき一緒に毛も生えてきたのだが、無くなったとき毛も一緒に無くなったようで、まぁ髪の量は元々の状態から変わっていないけれど、兎吊木に「禿げたんじゃない?」と言われたことでパニックになった軋騎はうっかり春日井に連絡をしてしまい、後日嫌がらせなのか善意なのか冗談なのかわからないが、育毛剤が送られることとなった。
 冷静になってからその事に気が付いた軋騎は猫耳猫耳としつこい兎吊木氏に育毛剤を全てぶっかけることになるということは、まぁ別の話なのだけれど、ちょっとこの話軋騎さんのこと馬鹿にしすぎじゃない?とお思いの方、書き終わった作者も結構後悔しているので、そこは半々ということにしておいてください。
2006/11・16


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