■記念日の贈り物
 「はい、アス。プレゼントだよ」
 にこにこと笑う目の前の男を凝視して、軋識は一度だけ、「はあ?」と返した。

 軋識の住んでいるマンションの軋識の部屋の前で、双識は訳のわからなさそうな顔をする軋識に笑いかける。
 「だから、今日はアスの誕生日だろ?」
 「誕生・・・?お前らに教えた・・・・・・・ああ!」
 素っ頓狂な声を上げて軋識は片手の掌に握った手を落とす。
 去年、人識が軋識の誕生日っていつだよーとしつこく問い、覚えてないと答えると今日を大将の誕生日にしようぜといきなり決まったのがこの日だった。
 「よく覚えてるっちゃなー・・・」
 「なんだいその呆れたような声は。私はカレンダーに印までつけてたんだよ」
 嬉々と答える双識はまるで自分の誕生日を迎えた子供のように楽しげだった。
 零崎になる前の記憶が無いため、双識は家族で何かをすることにいちいち酷く喜ぶ。
 「馬鹿だっちゃねー」
 くすくすと軋識が笑うと双識も何か思ったかふと微笑んだ。
 「ケーキを買ってきてるんだよ。下に人識もいるし」
 先に廊下を歩いていく双識の背を見送り、手の中にある腕時計をそっと部屋のテーブルに置いた。



 「ほい、大将ピアスー俺とおそろいだぜ」
 「開けてねぇっちゃ」
 呆れた声を上げながら、手渡されたシンプルなリング状のピアスを見下ろす。
 「俺が開けてやっからさ」
 「・・・じゃ、もう任せるっちゃよ」
 「よっしゃー大将の処女耳ゲットー!」
 「処女耳とか言うな人識!」
 べしりと人識の頭を双識がはたいた。手には買ってきたケーキの箱を持っている。
 「ケーキ!」
 「尻尾があったら千切れんばかりに振られてるんだっちゃろうね」
 「群がるハイエナだよこれじゃあ!」
 身を乗り上げてケーキに手を伸ばす人識を必死に振り払いながら双識がテーブルにケーキを置いた。。
 「トキも後で来るって言ってたよ。・・・今日用事は無いよね?」
 「あ」
 ふと思い出したことに軋識が小さく声を上げた。双識と人識の視線が痛い。
 誤魔化すように片手をひらひらさせて席を立つ。
 「用件を伝えるだけだからメールでもできるっちゃ。ちょっと部屋に行ってくるっちゃからそこの犬に待てやっとくっちゃよ」
 「そう」
 「犬はひでーよ」
 「似たようなモンだっちゃ」
 ぶすっとした人識の顔に笑いかけて部屋から出た。



 死線からのメッセージと、頼みごとを数件書いた簡素なメールを送ると直ぐメールが帰ってきた。
 軋識は扉に手をかけ、一度戻って今のうちに見るかと思って窓を開く。
 用件を理解したことと、くだらない愛の言葉と、相変わらず恥ずかしい口説き文句に笑みをこぼして軋識は部屋から出た。


 尽くされるのも悪くないと、そう思った記念日の贈り物。
2006/3・31


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