■両思いの罠
 「アス!元気にしてたかい!?」
 「寄るな」
 両手を広げて走ってくる背の高い少年が己に抱きついてこようとする少し手前でボディブローをかました。駅のホームでのことなので、他人の視線が突き刺さる前に人気の無い場所に避ける。ふらふらと追いかけてきた少年はそこでよろよろと蹲った。
 手足が長いくせに縮こまるので何処か滑稽に見える。
 「それになんだっちゃアスって。そんあ気安い名前を付けられた覚えはねぇっちゃよ」
 「来る間の電車で考えたんだ。良いだろう?」
 「何がだ」
 双識はやっと立ち上がり、ぽんぽんと服を払う。
 二十人目の地獄と呼ばれる少年は15歳程度なのに3,4歳違いの自分よりも背が高い。小洒落たスーツがぴったりと合っている。
 だからといって、似合っているわけではない。眼鏡にしかも、オールバックと言うおかしな格好でにこにこと笑っていた。
 「なんだっちゃその格好」
 「え?うふふ、これかい?」
 「似合わねぇっちゃ」
 ちょっと幸せそうにスーツの胸元に手を当てにやにやと笑う双識を一刀両断する。
 すると涙目で胸倉を掴まれた。
 「ひ、酷い!アスに見せようと弟たちと粘って買ってきたのに!」
 「へーくっだらねー」
 普通が好きだとぬかすなら、年相応のもの着ろよと言いそうになったが、自分も人のことは言えない。
 ショックで壁に向かってぶつぶつと何かを呟く双識を見て、軋識は溜息を吐いた。
 街一つぶっ壊した人間には思えない。
 しかし、隠蔽工作をしたのは自分だ。惨状は自分が一番知っている。この家族馬鹿の行った殺害行為の残虐さ。
 「なぁアス」
 「その呼び方止めろ」
 「お前、初めて人を殺した時のこと、覚えてるか?」
 「・・・・・・・・・・・・・・まぁな」
 見事にスルーされたのに言い返そうとも思ったが話が進まないので暴言が咽で詰まる。
 「どうだった?」
 「・・・・・・・・どうだったってどういう意味だっちゃ」
 「私は覚えてないからね。気がついてから人を殺したとき、特に思うことは無かったから」
 「俺もなかったっちゃ。まぁ、知り合いを殺したから、ああやっちまったと思ったっちゃね
 「それ以外は?」
 「何も」
 へぇ、と双識は呟いた。その顔が、少し悲しげに歪む。
 人を殺すのは嫌だとでも言って欲しかったのだろうか?
 軋識はぼんやりと思ってふと目に入ったサラリーマン風の男を目で追う。
 双識はそっと目を逸らして呟いた。
 「ところでアス、私は君が好きだよ」
 「へー俺もだっちゃ」
 「・・・・・・え?」
 双識はぽかんとして軋識を見た。軋識は早歩きで去っていく人間を見送って、やっと少し驚いた顔で双識を見上げる。軋識もまたぽかんとした顔だ。
 「は?ちょっと待て今何て言ったっちゃ?」
 「・・・・・・・・・うふふ」
 「ちょっ、ちょっと待て!本当に待て!悪い!聞いてなかった!俺何に同意したっちゃか!?その笑顔を止めろ!!」
 「うふふ、あははは!さてトキのところに行ってこようっと!」
 「待て!ほんと待て!取り消し!今の取り消せ!!」
 ぎゃーぎゃーと喚く軋識の手を逃れ、双識は軋識の唇に人差し指を押し当てる。
 「両思いだね」
 にこりと輪微笑むと、その瞬間軋識の顔が蒼褪め、双識を掴もうと伸ばした手は何も掴まず、それも空しく双識の姿はホームに消えた。

2006/3・26


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