■肉食兎と狼
 しゃくしゃくしゃくと、軽快な音と共に、兎吊木の口の中に緑色が吸い込まれていく。
 兎吊木がパソコンを弄くりながら抱えている透明なボウルの中には、手でちぎっていたレタスが山盛りになって収まっていた。
 それを静かに見やりながら、軋騎は静かに水を飲む。

 「(人参でも食ってろ)」

 ごくりと詰めたい液体を嚥下させると、きょとんとした顔で兎吊木がこっちを視た。
 グリーンのサングラス越しに見る兎吊木の目は、いつもより冷め切っていた、ように見える。

 「何だどうした?俺の顔にでも見惚れたりしたのかい」
 「頭トチ狂ってんじゃねぇの?」

 片手にレタスを持って、にやりと兎吊木は笑う。睨むように軋騎が言ってやると、おお怖いとおどけたように肩を竦めて見せた。
 暴君に命じられなければ片足もつっこむのは嫌なのに、こんな部屋。
 簡単な内容なのに、さっちゃんがわざと仕事を遅れさせているから取立てに行ってきて、と最愛なる暴君に駆り立てられ、軋騎は兎吊木のマンションの、プライベートルームに上がりこんでいた。
 パソコンが3台置いてあり、紙が散らばっていて、所々に兎のぬいぐるみが置いてあった。どれもこれも首が絞められている。
 その端っこに、大型のパソコンではなく、ちゃちなノートパソコンを膝上に乗せて兎吊木はレタスを頬張って仕事をしていた。薄暗い室内の中、蒼褪めた兎吊木の顔が異様に不気味だ。

 「安心しなよ。もう少しで終わるさ。簡単な仕事だからね」
 「そんな簡単な仕事を4日もかけてやってんのはてめぇだろうが」

 不味い水道水の入ったコップを床に置き、ごろごろと床に落ちている兎のぬいぐるみを踏みつけつつ、中央に配置してあるパソコンを確認する。埃が溜まっていた。

 「こっち使えよ。ノートパソコンは使い勝手が悪いだろうが」
 「俺の勝手だろバッドカインド。お前は俺のお守役かなんかになったつもりなのか?だとしたら笑いもんだぜ。死線のお使いで来てる人間がわざわざ口出しをするな」

 しゃくしゃくしゃくしゃくと兎吊木がレタスを咀嚼する音が響く。これがもしや昼飯なのだろうか?
 軋騎はパソコンに設置してある椅子に腰を下ろす。ギッと音を立てて背凭れが軋んだ。
 兎吊木はチームの中でも暴君が上手く扱えない厄介な奴で目立っている。暴君を最も崇拝している人間の中で、偶に逆に死線を困らすことも好きなのだ。
 良かれと思い、などどほざきながら、好き勝手に破壊する手の付けられない破壊屋。
 死線に悦楽をと誓った人間が何をほざくのか。
 そのことを呆れ混じりに死線に告げられたとき軋騎は同じく呆れたものだ。

 「なんでわざと命令に背く?」

 ぽつりと、軋騎は兎吊木に問う。キーを叩く音が途絶えて、兎吊木は静かに軋騎を見やった。
 にんまりと口角が吊り上げられるのを、軋騎は睨みながら無言で促す。

 「背く?おいおい何をふざけたことをぬかすんだよ式岸軋騎。俺が死線の意向を足蹴にするなんて天変地異が起こってもやりゃしねぇよ」
 「じゃあ何でそんな仕事にくだらねぇ時間割いてんだよ」

 うふふと兎吊木は声を上げて笑った。

 「死線のために決まっているだろう?」

 うっとりと兎吊木は言ってやった。軋騎は眉根を寄せて、笑う兎吊木を見る。

 「彼女にとってこんな些細なこと「いーちゃん」には及ばないだろうが、面白くないんだよ。彼女は別に俺達といっしょに世界が壊したいわけじゃない。「いーちゃん」といっしょに世界が壊したいんだ。まぁ俺達なんぞで世界が壊せるとは思えないがね、まぁ仮の話だ」

 味気ないレタスを一口口に含み、「不味い」と零しながら、兎吊木は壁に頭をごつりとぶつける。サングラスがずれたが、特に気にしない様子だった。
 
 「つまらない世界だろうよ彼女にとっちゃ。クラスタの中で今まで一度もこの世界がつまらないと考えたことが無い人間は居ないだろうが、彼女の世界に対しての「つまらない」という感情に対しては、俺らなんぞの「つまらない」はちっぽけすぎるほど些細な感情だろ?彼女の言われるがままに仕事をしていたらそれこそ「つまらない」さ。俺らは捨てられる」
 「・・・・・つまり、暴君に捨てられないためにあえて意に背くと?」

 「そうだよ」と兎吊木は笑って立ち上がった。ボウルの中身は空になっていた。食事が終わったらしい。
 兎吊木はパソコンの中からフロッピーを取り出すと、ノートパソコンの電源を落とし、軋騎の方にふらふらと歩み寄ってきた。
 そして無言でフロッピーを差し出す。

 「終わったのか」
 「いいや、徹夜で作ってたゲームだ。死線に渡してくれ」
 「・・・・仕事の方は?」

 一応受け取っておきながら、兎吊木を睨みつけると、おいおいと言いながら肩を竦められた。

 「話を聞いてなかったのか?あえて意に背くと。いっとくが仕事の方は一つも手をつけてないんだ。明日ぐらいには終わってるつもりだから、また来てくれ」
 「俺はてめぇのパシリじゃねぇんだよ」

 苛々したように吐き捨てると、あっは!と甲高い声で笑われる。

 「もし死線のお怒りに触れたら殴ってもらえるかもしれねぇんだぜ?羨ましいねぇおい。金が欲しいぐらいだ」
 「てめぇで届けて来い」
 「やだね」

 その直後、兎吊木の腕がぐいっと軋騎の胸倉を掴んで上に引き上げた。噛み付くように軋騎にキスをする。
 軋騎は静かに近距離でにたにたと笑う兎吊木の目を見て、冷静に兎吊木の舌を噛んだ。
 
 「っ・・・」

 慌てて身を離した兎吊木の左頬を右の拳が思い切り殴りつける。
 おそらく水と野菜しか食っていない兎吊木の体は面白いぐらいに倒れて、ぬいぐるみの山に落ちた。

 「明日は来ないから、仕事は今日以内に終わらせて死線の所に顔見せに行って来い」
 「暴力反対」
 「黙ってろ。明日は首吊って死ね」

 渡されたフロッピー片手に部屋を出る。足元にあった綿のはみ出た首の絞められた兎のぬいぐるみを踏みつけて、外に出た。
 普段の空気に涙が出る思いだった。
2006/10・22


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