■お天気の前の占い
朝、不吉なものを見た。
「らしくないなー何やっちゃってんのかなさっちゃんったら。何やってんのかなさっちゃんってば。弁明してよ。何してんの?」
「何も言うことはありません死線の蒼。すべて俺の不始末です」
「わたしのいうことを聞けないの?」
蒼色は、真っ白いシーツの上に足を組んで座り、例えば虫けらでも見るような目つきで、目の前に跪く兎吊木を睨みつけていた。
「言い訳をしてよ、って言ってるの」
「何も言えません」
「・・・・・・そう。分かった。言い訳も出来ないの?幼稚園児以下だね。ああ・・・もう。下がって」
「失礼しました」
事は10分前。
かの蒼色サヴァンからとある企業を塵一つ残さず破壊しろという命令を受けた兎吊木は、それを完璧に遂行した。
後に残ったのは何も無い。そのグループは二時間で地球上から消滅することとなった。
しかし、何が問題で死線からお叱りを受けたかといえば、見落としていたその企業の人間が、あろうことか単身で逆探知してきたのだった。
当たり前に死線の蒼のステージに触れることなくその人間はチームの人間からゴミのように打ち返されたのだが、それが死線の蒼の癇に障った。
何を報復までさせているのか、と。
破壊屋の癖に壊すことすら出来ないのなら、一体何をやっているのか、と。
単に偶々彼女の機嫌が悪いときにぶち当たってしまったのが不運。兎吊木は静かに死線の蒼の居る部屋から出ると、玄関に向かって歩き出した。少し頭を冷やしてこよう。その後チーターにでも頼んで、逆探知してきた奴を廃人にでもしてやれば気は晴れる。
そこでふと頭を上げると、チーム――――クラスタの一人、式岸軋騎が侮蔑するような目つきで兎吊木を見て、廊下の壁に寄りかかり、腕を組んで立っていた。
「おやおや」
元々軋騎とは狭く深い関係があったが、プライベート以外で馴れ合う中ではなかった。チームのメンバーとして喧嘩をしながら殺意を時に抱き、死線の蒼に尽くすことのみを誓った同士に、個人で仲良くする必要は無い。
それに、プライベートで関わる前など、仲が悪いと評判の兎吊木と綾南豹までとはいかずともかなり険悪な仲だったと記憶している。
むしろ兎吊木垓輔と仲が良い人間がこの世に存在しているとは中々考えられないだろう。惚れるともなるとなおさらだ。
「暴君に迷惑をかけるな」
「開口一番それか式岸。まったく仲間だというのに皆寄ってたかって俺を苛めやがって。女性軍も殴ってくれれば少しは喜べるというのに。遠くから蔑むような目つきで睨んで挙句の果てに使えないとは。俺の心もブロークンハートだぜ。まったく。いつもの死線のチームという呼び方も心に響くね。だから俺はクラスタと呼ぶのをオススメしていると言うのに。いや、それをいうならラッセルの方が当てはまるな」
「呼び方なんぞどうでもいい」
軋騎はそう吐き捨て、呆れたような眼で兎吊木を見ながら肩を落とした。しかし兎吊木はくく、と喉を鳴らして笑う。
「そういや式岸。お前はなんと呼んでいたっけな?俺達を。なんとも、俺達を纏めて呼ぶのに抵抗を感じているようじゃないか。グループとして俺たちと一緒に居るのに抵抗を感じているみたいだぜ?まぁ、確かに俺達は死線の蒼に尽くすために集まったから元々他人同士だったしな。しかし、おい。近頃顔を見せていなかったがどこに行っていたんだ?」
「よく口が回るな。仕事が出来ないくせに」
「酷いことを言ってくれるな」
兎吊木は眉根を寄せ、心底心外だとでも言いたそうに肩を竦めて見せた。軋騎も言われたことがおそらく家族のことを言われているのだから、良い顔はしない。
「あれは仕事が出来なかったわけではないさ。ちょっとした見落としだ。パソコンは全て初期化も出来ないぐらいぶち壊したし、あの企業の塵も残してない」
でもその見落としで暴君の機嫌を損ねたんだろうと軋騎が言うと、兎吊木は顔を引き攣らせて笑った。
「お前こそよく喋るじゃないか。死線の前以外ではだんまりでも決め込んでいるというのに」
「・・・・・・・・・・・・・・」
軋騎が黙り込むと、いつものようににやりと兎吊木が笑った。何か思いついたらしい。足を進めると、軋騎は嫌そうに後ろに下がる。しかし、二三歩後退したところで壁にぶつかってしまった。
「知ってるか軋騎。よくある少女漫画では五月蝿い彼女の口は彼氏が口で塞いで黙らすんだぜ」
にやにやと笑いながら壁に軋騎を押し付けると、顔を蒼くして軋騎が身を捩った。
「離せぼけっ!」
「騒ぐと凶獣やらが来るかもしれないぜ」
すっと暴れるのを止め、軋騎は喋るのをやめた。この死線の部屋には扉が無いのだ。声が響きやすい構造になっている。
ストレス発散にどこかで一回やってしまうのも手かもしれない。
そんな最低なことを兎吊木が頭に掠めた瞬間、軋騎の膝が兎吊木の急所を蹴り上げた。
効果音を使うとしたら、高い音でチーンという感じだろうか。声に出ない悲鳴を上げて、床に落ちる。
「―――――――――」
ああ、死んだ。
兎吊木はふっと飛びかけた意識の中でそう思った。
がくりと膝をついて廊下に崩れ落ちた兎吊木に一人で盛ってろぼけっと軋騎は叫び、一目散にそこから逃走した。
もう、あれだ。
朝のお姉さんの占いで最下位のときは、俺は家から出ない。
激痛に痙攣しながら、兎吊木はそう誓った。
2006/9・27