■ If ・ 人殺しの巣

 どちゃっ、と物が崩れ落ちる音と液体がぶつかり合う音が路地裏に響き、ラッドは手に持つ無骨な銃を一度振り払った。接近した状態で撃ったせいで銃口の周りには血痕がついている。濡れた上着に顔を顰め、ルッソ邸へ帰ろうと体を反転させる。
 「・・・・・・・・あ?」
 その薄暗い路地の、街中に出るための細い通路に一人の男が立っていた。ラッドに対して向かい合う形で、しかし武器も何も持たず、ただにこやかに笑みを浮かべてラッドのことを見据えている、変な男だ。
 身長はラッドより高く、190cmは優に越しているだろう。しかし男の体格は身長とも相成ってがりがりに痩せ細っているように見える。針金細工のような男だ。
 肩より幾分か長い髪の毛をオールバックにしており、細いフレームの理知的な眼鏡をかけている。きちっとしたスーツに身を包んでいるのだが、何故か異様に似合わない。
 「こんにちは、はじめまして」
 男はにこやかに微笑みながらゆっくりとラッドの方へと足を進め、大通りからの明りの届かない場所、そしてラッドに近づきすぎない所まで歩み寄ってくると、ラッドの背後に倒れている死体へと目をやった。
 「銃殺か・・・零崎の中と考えれば、少しありきたりすぎて珍しいかな。いや、失礼。君の殺し方に不満があるわけじゃないんだ。そう怒らないでくれよ」
 「なんだてめぇは」
 ラッドは男に向けて銃口を向けたが、何故か一向に引き金を引こうという気持ちがおこらなかった。別に男の目が死にたがっている、(確かに生きたがっているとは見えないが)というわけでもないのに。
 何か―――――『妙な親近感』に似たようなものを感じながら、ラッドは目の前の男を睨みつける。男は銃口を向けられたのに「おっと、」と身を竦ませて目を見開き、怯えるどころか自嘲する様にうふふ、と笑みを零した。
 「失礼。私としたことが自己紹介を忘れていたよ。私の名前は零崎双識という」
 「ゼロザキ?」
 「いや、こっちで言うならソウシキ、かな。双識の方が名前だ。零崎はファミリーネームだよ」
 「で?俺に何のようだ?」
 ラッドの敵意むき出しの問いかけに双識はにこにこと笑ったまま、「単刀直入で悪いけれど、」と片手をラッドの方へ差し出す。
 「私たちの家族にならないかい?」

 銃声。

 一拍遅れてラッドの持つ銃の装填部の後方にある部分から空の薬莢がキン、と音を立てて地面に落ちた。銃口から放たれた弾丸は双識の手の少し上を掠めて壁へとぶつかり、反射して地面にめり込んだ。
 「どういう意味だ?」
 「撃ってから聞かないで欲しいね」
 苦笑しながら男は警戒を解くために一度手を下ろした。困ったように顰められる顔には『やんちゃをする子供にどう対処するか悩む親』のような表情が現れている。
 「その顔を止めろ」
 「うん?すまない。気に喰わないか」
 そう言いながらも、双識の表情は緩やかで楽しそうだ。ラッドは俺の前でそんな余裕こいてんじゃねぇよと思う反面、何故かこの男を殺そうと思えない己の頭に混乱が隠しきれないところだった。
 一体どういうことだ?とラッドがとりあえずこの場でじっとしているのはヤバイ、と考えた矢先、背後に突然気配が現れる。
 「なっ、・・・・何事・・・・!」
 ラッドが先ほど殺した相手の取引先だった。やべぇ、顔を見られる、いや、見られても殺せばいいか、などと即座に銃口を男から離して背後に向ければ、それよりも早くやってきた男の体が肉片へと変貌した。
 「、な」
 死体が転がっているすぐ横の通り道から現れたであろう取引相手は、そのまた背後から現れた何者かに殺害されていた。取引相手の上半身は真上からプレスされたかのようにミンチになっており、ミンチになった理由であろうその凶器は自重でごとりと地面とぶつかって重い音を立てる。
 人間を割って出ていたその塊は鉛だった。野球で使われるバットに釘が打ち付けている、いわゆる釘バットというもので、しかしその凶器はバットもすべて鉛でできているようだ。打ちつけているというよりは釘をそのままバットから生やしたと思われる等間隔に飛び出している釘には、取引相手の砕けた頭から出ていた頭髪が絡みついている。内臓と頭がごちゃごちゃになる、という普通あり得ない死体を一瞬で作り上げた男は、薄暗い通り道から溜息交じりでやってきた。
 釘バットを片手で支えている割にその体は華奢である。ノースリーブのシャツにだぼだぼのズボン、サンダルを足にひっかけた牧歌的な青年だ。頭には麦藁帽子、肩にはタオルがかけてあり、どこからどうみても殺人とは程遠い。しかし、そんな人間は平然と人間を撲殺して平然とその変わり果てた死体を踏みつけて鉛の塊を引きずり出している。
 「・・・・・・・ああ?」
 理解できない、とラッドが破顔すれば、今度はどこからかヴァイオリンの音が響いてくる。今度は逆の細い道から男が出てきた。
 しかしその男は恐怖で「ひぃ、ひっ」と小さく悲鳴を上げ続けているだけで、しかも何故か奇妙なことにゆっくりと後ろ向きで歩いてきていた。今度は何だ、とラッドが顔を顰めれば、続いて脇道からでてきたのは本当にヴァイオリンを演奏している優男だった。
 黒い髪は膝にも届くのではないだろうかと思うほど長く、緩やかにウェーブがかかっている。白い燕尾服を着ている男は本当にこれからステージで何か演奏でもするのではないかと思えるほどで、それこそこの場で起こっている惨劇とはまったく別世界にいるような人間だった。
 しかし燕尾服の男はすぐ足元にある死体に目もくれず、ゆっくりと歩みながらヴァイオリンを演奏し続け、向かい合って後ろ歩きで歩く男が突如踏みつけてしまった人間の死体に「ひっうぁああああっ!」と無様な悲鳴を上げても無視して伸びやかな音楽を奏で続けていた。
 男も何故か、体だけが勝手に動くのか「やめっやめてくれえええええ」と絶叫しながらついに死体の上を後ろ歩きで通りすぎてしまった。
 「なっ何なんだよこの死体、テメェらが殺したのか!?」
 「そうだ」
 燕尾服の男は平然と嘘を吐き、「僕らが殺した」と念を押すように答える。
 「おっ俺も殺すのか!?」
 「いいや、僕は少女以外は殺さないんだ」
 燕尾服の男はゆっくりと首を振って、高らかに弦を鳴らす。細い道に切なげなヴァイオリンの音が響いて、ひぎっ、とひしゃげた男の悲鳴が響く。麦藁帽子を被った男が立ったまま今にも失神しそうな男の後頭部を鮮やかな手つきで殴り倒せば、気絶した男は死体の上に重なるように崩れ落ちた。
 「・・・・・・・・・・・なんだてめぇら」
 「そっちの麦藁帽子の人は零崎軋識、そっちの音楽家は零崎曲識という」
 双識は平然と答える。零崎、とラッドが顔を顰めれば、双識はにこやかに微笑んだまま、ラッドの隣に立ち、死体を見下ろす。
 「僕たちは殺人鬼の集まりなんだ。日本では『零崎一賊』と呼ばれている、人間の輪から離されてしまった殺人鬼なんだよ」
 双識のその言葉にラッドが顔を顰め、訝しげに問う。
 「じゃあ何か、てめぇらみたいなのが日本には沢山いんのか?」
 「そうだね、大体24人ぐらいだよ」
 平然と返されたその答えに「・・・・・で、俺に何の用なんだ?」とラッドは確認するように聞いた。その答えに、「もうすでに言っただろう?」と零崎双識は笑いながら答えた。
 「家族にならないかい?」
 家族。もはや居ないに等しいその言葉にラッドは一度口を閉ざし、そしてにやりと口端を歪めた。
 「いいじゃねぇか。・・・このラッド・ルッソを家族にしようだなんておもしれぇ」
 「おや、乗り気で嬉しいねぇ」
 「またなんか癖のありそうなのが・・・」
 「癖の無い零崎なんていないさ、アス・・・・・・だが、悪くないだろう?」
 殺人鬼はそう口々に今後を楽しみ、ひとまず新しい家族の為にパーティでも開こうか、などと軽口を叩いた。
 「ところでよぉ、何で日本なんかからこんな所まで来たんだ?俺のためだけじゃねぇだろ?」
 「君のためだけだけど?」
 ラッドの質問にあっさりと答え、双識は意味深に笑った。
 「僕らはけっして家族を裏切らない。見捨てないんだよ」
 「いいねぇ、ぬるい奴らは大っ嫌いだが、命知らずは大好きだぜ?」
 「うふふ、大好きだってさ、嬉しいねぇ」
 「お前の言うのは幸せそうに言いすぎて気持ち悪いっちゃ」
 「そうやってストレートに愛を確かめ合うのも、悪くない」
 


 結局、ラッドはルッソファミリーにて今までどおりに殺しを楽しみ、突如として現れる零崎一賊とそれなりに仲良く楽しむようになった。ラッドが零崎一賊と関係を持つようになってから、ラッドに楯突こうとした小さなファミリーが一夜のうちに皆殺しにされたなどという話は、また、別の話。
2008/03・12


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