NOVEL


Love . Love . Love

見るな。
視るな観るな診るな看るなみるな見るなミルナみるなみないでくれみないでくださいおねがいします。
山辺景而は人の視線が嫌いだった。
嫌いどころではない。むしろ怖かった。
恐ろしかった。憎かった。寂しかった。悲しかった。怖くて怖くてたまらなかった。
人の視線から逃げることだけが、彼が生きる道だった。




あまりにも長い夜が明け、丁度朝食をとっていると、ぼーんと間の抜けたチャイムが鳴った。最近スピーカの調子が悪いらしく、最初の音がどうにも濁っているのだ。
『6時です。今日の天気は晴天、また1時過ぎから雨の模様です。8時までに出勤してください。また先日の事件のことがあるので、生徒は集団登校となります。7時15分までに寄宿舎正面玄関に集合してください』
機械的な声音で連絡を伝えると、ぶつりと音を立てて放送は途切れた。確かにそう言われると、毎朝のようにランニングに出かける3年生の姿が見えない。きっと先生辺りが玄関に張っているんだろう。食事を終えても1時間ほども暇があったので、末榎は武器の整備をすることにした。常に持ち歩いているグラディウスはこまめに磨いでいるのだが、その形容上、ソードブレイカーの整備はなかなかする暇がない。鑢でがりがりと錆ついている柄の淵を削りながら、のんびりと時間が経つのを待つ。どうせだからハンドガンの整備でもしようかと思い立った時、今度は飾り気も何もない着信音が鳴った。じりりりり、という警報のような音だ。素早く手に取ると、画面に映っていた文字は、予想通り教師の名であった。この寄宿舎に泊まっている教師といえば先日も遭った尾苗だが、もう一人の鈴村という衛生課の名前が映っている。携帯端末を耳に押し当てれば、気の弱そうな、へにゃへにゃした声が、小さく、すええのきさん? と呟いた。
「・・・いえ、すえのぎ、です。2年4組、白兵科の、末榎燕です」
「そうなの?すみません。ううん、ご飯は食べた?」
「はい。何か御用でしょうか」
「うん。じゃあ管理室に来てくれる?」
「アイ・サー」
末榎が返答すると、電話は素早く切られた。末榎は一度苦々しげに端末を睨み、抜いていたグラディウスを鞘へと収めると、ベルトにさして腰に装着する。携帯端末をホルダに入れてから、一瞬迷って、ハンドガンの様子をチェックしてから同じようにホルダに入れた。部屋からカードキーを抜き取り、階下へと向かう。腰にかかる気だるい重さも、なんとも言えない高揚感に包まれて、末榎はたいして気にならなかった。



「末榎燕準二等兵です」
「どうぞ」
ノックをしてから所属を言って、返事はすぐに返ってきた。末榎は扉を内側に押し開け、失礼しますと言って入った。管理室は、この寄宿舎を管理している学校から派遣された事務員の人が基本的に住んでいる部屋である。部屋の広さは生徒の住む部屋の4倍ほどで、生活用品に加えて、上等そうなテーブルと椅子があった。電話で会話をした鈴村教員と尾苗教員がソファへ座り、テーブルを挟んだ向かい側に誰も座っていない椅子がある。尋問でもするつもりか、と末榎は舌打ちしたくなった。
「座りなさい」
「はい」
末榎はどくどくと暴れまわる心臓を心の中で叱咤しながら、向かいの椅子に腰を下ろした。右斜め向かいに尾苗、左斜め向かいに鈴村だ。
「時間は?」
「あと45分です」
尾苗が答えると、暇すぎるな、と鈴村が無表情で呟いた。能面のような面をしている、と末榎は毒づく。
「末榎くん」
「はい」
「山辺景而と面識はあるか」
「おそらくあります」
「どこでだ?」
末榎の答えに、大して驚いた様子も見せず、鈴村は聞いた。確かに昨日の連絡から推測するからに、末榎と山辺景而との繋がりを考えるのは普通だろう。なんといったって、あそこで末榎に電話がかかってくるのはありえないのだから。
「実を言いますと、先日、私が路地裏で死体を見つけた時のことです。その数分前、向かいから歩いてくる眼帯をした男と遭遇しました。その時、すぐにその男が山辺景而だと判断できず、何もせずに放置しました」
「・・・それだけ?」
「はい」
「黙秘権はないよ」
「分かっています。それだけです」
「それを証明はできる?」
「いいえ。ですが逆にそうではないとは言えないはずです」
ふーん、と詰まらなさそうに唸って、鈴村は顎を撫でた。じろじろと末榎を見て、そうだね、と呟く。
「じゃあ、どうして自分が・・・ええと、そのやま、園山こう・・・こうなが?」
「鈴村先生、園山こうえい、です。康永」
隣で尾苗が訂正すると、ううん、と鈴村は唸る。
「その康永がどうして自分に電話を掛けてきたか、分かる?聞いた話じゃ、そこまで仲いいわけじゃないらしいじゃない」
「分かりません」
「じゃあ、どうしてだと、思う?」
鈴村はそう言って、末榎をじとりと見た。この教師、衛生課とは思えないような尋問をする。末榎は頬が引き攣りそうになるのを感じながら、尾苗が心配そうに見てくる視線から逃れる。
「思う・・・ですか。勝手な推測で構わないですか」
「うん。君の、考えが聞いてみたい」
「・・・そうですね。確かに、康永の仲のいい友人が、この寄宿舎に居たはずです。距離的に考えてここが一番近いからといって、私に掛けてくるよりも、友人に掛けたほうが話も楽でいいはずです。私に何故かけてきたのかと考えたならば、おそらく、先生も考えていると思いますが、山辺景而が、私に連絡をしろと、康永に命令したのではないかと思います」
「うん。っていうかその通り。康永くんが自分で言ってた」
「園山くんは外傷はなくって、ちょっとショックを受けてただけだから、もう病院で検査をして、特に悪い所がなかったら今日にも復帰できます。だから、園山くんから、詳しい事情は既に聞いているんです」
・・・なんだ・・・一人で推理してた私が馬鹿みたいじゃないか・・・。末榎はげんなりしながら、はぁ、と頷く。尾苗は続けて、手に持っていたファイルをぱらぱらと捲った。
「園山くんの証言を一応全部言いますね。先日の夜中の9時、宿舎に止まりに来ていた母親を駅まで送り、そのまま徒歩で帰宅途中、女性の悲鳴を聞き、路地裏で女性に襲い掛かっている男を止める。男は錯乱しているようで、話が通じないようだったので、力ずくで止めることにした模様。数分闘っていると、突然どこからかの攻撃により後頭部を殴打され、園山くんはそこで昏倒。それから数分意識不明状態になります。その後園山くんが起きると、すぐ近くで女性が死亡しており、山辺景而が、園山くんに末榎燕に助けを求めろと命令しました。あなたに連絡をした後、山辺景而はしばらくそこに居ましたが、私たちが到着するといつの間にか居なくなっていた、とのことです」
「・・・どこからかの攻撃?」
「はい。おそらく山辺景而には仲間がいると思われます」
先日遭った山辺景而を思い出したが、近くに人は誰もいなかった。もしかしたらそのときは朝の散歩でも一人でしていたのかもしれない。末榎は頭に何かひっかかりを感じながら、ねぇ、とじと目で見てくる鈴村の声に頭を上げた。
「本当に関係ないの?」
「あるとしたら、昨日会っただけです。・・・勿論名前は教えていません。名札もついていませんし」
「ふーん・・・」
鈴村は何か納得がいかないようだったが、肩を竦めてもういいや、とさじを投げた。
「尾苗先生、他に何か聞くことは?」
「何もありません」
「じゃあ、もういいよ。お疲れ様」
「はい。失礼します」
時間にして15分程度だ。あと30分も暇だ。その後、末榎はぶらぶらと部屋に戻ろうとしたが、カードキーでもう部屋を閉めてしまったことを思い出し、隣の愛崎のもとへ転がり込み、しばらくごろごろして過ごした。