NOVEL


Love . Love . Love

1

人生は川に似ている、なんて言葉をどこかで聞いた気がする。でも実際はそんな言葉無くて、その場のノリで自分の頭の中で考えてしまっている言葉だったりするから、こういう言葉はあまり口に出して言うことはできない。
そう、とりあえず川に似ている。最初は湧き水のように生まれ出て、時間のように流されていく。たった一人で、細い川のように流れて、そして色んな人と出会うのと同時に、川である場合は他の川と入り混じって、段々大きくなる。それは人間にすれば、「人間関係」であったり、「周りへの影響」だったりする。そして川はいつかは海に出る。海に出たら、もはや川ではなく海という広大なものの中に取り込まれて、川という存在は紛れて消えてしまう。これが人間にすれば死だ。
つまり、たった今現在生きている私は流れている川だ。いつ川の終わりが来るかなんてことは分からないが、しかしそれでも何かと交わって、大きくなって、または他の人に自分の人生を分け与えたり奪われたりして、川として流れている。急流だったり緩やかだったり、そういうのは疎らだが、私はそういうのはいいと思う。人間、禄に留まることなんてできないのだ。
だから、多分、この世で人生は川に似ているっていう言葉を作った人はいい例え方をしたと思う。・・・いや、しかしもしもこれを考えたのが私だとしたら自画自賛してしまうことになるけれども。
でも、基本的に私は他人に影響を受けやすい性質だし、それにこんな簡単な例え、今まで沢山の人がやってきただろう。
そんなことをぐだぐだ考えながら、ようやく結論まで思考することができたことによって集中を解き、末榎は丁度良く扉を開けて入ってきた担任の教師を見上げた。

「えーと、それでは、今年も去年と同じようにこのクラスを任されることとなった小川原です。よろしくお願いします」
10分ほど前に体育館にて新しい担任と副担任を紹介された時とほぼ同じように、何かと緩い相変わらずの教師は照れ笑いしながら頭を下げた。「よろしくおねがいしまーす」と小さく笑いが含まれた、こういうときはノリのいい生徒達は声を揃えて挨拶を返す。高校生なのにこれほど素直なのは凄いなぁ、と考えながら、末榎も同時合わせて言葉を発する。「今年も皆さんと同じクラスになれて嬉しいですね、はい」とのんびりとした調子で小川原は言う。こういう邪気の抜け落ちた調子は教師も生徒も似たようなものだ、と苦笑を洩らし、末榎はちらりと教室の端に立つ副担任を伺う。
「それじゃ、山岸先生、挨拶をどうぞ」
「あっ、はい」
担任は同じだが、副担任は変わった。見たことのない女性の教師で、やけに背が低い。くるくるとした茶色の巻き毛が可愛らしい、これまたおっとりとした教師だった。
「情報科の山岸明里です。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げる動作が酷く子供のように活発気で、末榎はクラスメイトの誰かが行なった拍手にのせられて拍手をした。情報科か、話をする機会は少ないだろうな、と心の中で思いながら、ふと目が合ったので首を前に傾けるだけの小さな会釈をする。山岸は微笑みながら会釈を返した、教師にしては丁寧な動作の山岸は笑いながら再び教室の端へと移動する。
「えーと、とりあえず諸連絡ですがー。この後は掃除をしたらホームルーム無しですぐ放課となります。掃除場所の紙はこれの通りでお願いします」
小枠に区切られた表が書かれている紙をひらひらと片手で見せながら、小川原が手帳を確認しながら連絡事項を伝える。
以前から思っていたが放課後ぐらい放課って略さなくてもいいんじゃないか・・・?どっちかというと放火に聞こえるよ!と末榎は心の中で思いながら提出物を机の中から引きずり出して机の上に乗せた。
「ああ、提出物はこの後各教科担当の人が集めてください。んー・・・ああ、あともう既に知ってるとは思いますが、皆さんは無事二年生になれたので、今年から警邏の仕事がありますね」
聞きなれない単語に頭を上げれば、小川原は一枚の色つきの紙を見ながら、「後で張りますが、とりあえず読み上げますね」と言葉を続ける。
「あー、最初は飛ばしますけど、『職員室前に張り出される情報掲示板に、現在県内で指名手配されている犯罪者のリストが載っているので、それを参考の後各2・3年生は注意しながら下校しなさい。見かけた場合は即捕獲、またはB級以上の危険人物の場合は学校、または近くの軍部署に連絡するべし。また、捕獲が不可能であった場合、殺害許可の下りている者のみその場での始末を許可します。始末した場合は学校に連絡をいれなさい。』ええーと?『犯罪者の捕獲よりも優先するべきは周囲の一般人への被害をなくすことであり、危険である場合は即座に逃走しなさい』・・・こんな所ですかね」
小川原は一通り紙に目を通し、じっと視線を向けてくる生徒達の顔を一通り眺め、しかしそれでものんびりとした口調で言う。
「まぁ君たちは二年生だし、あんまり危険なことするなよって話ですね。掲示板の場所は分かりますよね?あの、ボードが紙に覆われて下が全然見えない掲示板ですよ」
ああ、と生徒達からちらほらと納得する声が上がるのにはいはいと頷き、再び紙に目を移しながら肩を竦める。
「まずA級とまでいくとこの学校じゃ教師陣ぐらいしか手に負えないんですから、そんなの張るなって話だと思うんですけどねぇ」
「危険な人に近づくなって意味もあるからじゃないですか?」
「ああ!なるほど!さっすが、冴えてますねぇ」
生徒の意見に心の底から感心したように手を打てば、周りの生徒から苦笑が漏れる。相変わらずだ、と末榎は小さく笑った。
「まぁ、こまめにチェックしといてくださいという話ですね」
「先生、報奨金ってどこで貰えるんですか?」
話が終わりそうになるのを見計らって、男子の一人が口を挟んだ。
ああ、それもそうですね、とその紙を壁に張り付けながら、小川原は再び教卓に戻ってプリントを整え、「ええと、」と空中に視線を這わして答える。
「捕まえた犯罪者は学校か軍部署に引き連れてってください。動かせない状態だったり遠すぎる場合は電話で連絡してくださいね。学校を伝って私の手の方からまぁ一週間ぐらい立てばお金が来ますよ」
「ええー遅くないですかぁ?」
「一週間って」
生徒からちらほらと不平の声が上がるが、そんなこと言われても小川原もどうすることもできない。そんなこと生徒も分かっているのですぐに言葉は収まるが、小川原も「ですよねー」と苦笑しながら答えた。
「まぁそうなってるんでしょうがないですよ。まぁ注意して頑張りましょう。それでは挨拶して終わりますか」
「起立」
小川原の言葉のすぐ後に、続けて号令の声が教室に響く。
「ありがとうございました」
揃えて発せられた声のすぐ後に、机の上に椅子を乗せる、がたがたという騒音がしばらく教室内を振るわせた。



谷津河軍育成教育学校といえば軍学校の中ではそれなりに有名な名前である。山間にある四十万郷町の谷津川という川の上流にある高等学校で、山の向かい側にある有森市には大きな軍部があるからだ。
谷津河軍育成教育学校を卒業した生徒はそのまま有森市にある日本国独立軍に入るのが大多数である。
2145年、世界が様々な戦争によって一触即発である時、自衛隊という軍隊を所有しているといえど物資の足りない日本は、いつどの国に襲われても不思議ではない状態にあった。
その事態に嘆いた一人の人物が、当時他国とのハーフなどによって途中で投げ出された大量の孤児達を引き取り、個人経営として軍を作り上げたのだ。元自衛隊である人間や、警察などもその人物が作った軍に入るようになり、2153年、ついに全国へと幅を広げた軍隊が作り上げられた。
日本の国政とはまったく関係のない、個人の軍隊として、日本国独立軍という名のついたその軍隊は、他国の軍隊と張り合うほどの力を持つようになる。力をつけた独立日本軍は日本に駐屯地を作る米軍を拒否し、武力行使により日本を武力を持った国として独立させることとなる。
世界が均衡を保った状態へとなり、互いに互いの頭に銃を突きつけた状態だが、一応戦争の空気は吹き消される形となり、現在、独立軍は日本の中では警察と同じ立場となった。
谷津河軍育成学校は、設立当時は完璧な戦闘能力のみをつけさせる高等学校だったが、大きな戦争の無くなった現在は他の高等学校と同じように普通の教育も受けるようになったので、谷津河軍育成教育学校となっている。
谷津河軍育成教育学校では、基本能力測定により基準値を超えられた者のみが一年生から二年生へと進級することができる。そして基準値を超えられた二年生は個人で他人を捕まえることを許され、『警邏』という名目の元、軍から指定される犯罪者を捕まえる仕事が与えられる。捕まえられることができた場合は報奨金が出ることとなり、また大量の犯罪者を捕まえることができれば軍へ正式に入る場合に階級が上がった状態で入ることも可能でもある。



一人掃除を終えて、教室へと戻ろうとのろのろ歩いていた末榎は、丁度通りかかかった職員室前の廊下で足を止めた。情報掲示板には大量の紙が張られてあり、写真がついてあるものもあり、ついていないものもある。紙についている写真はまるで身分証明書にでも張るような写真で、まっすぐに末榎を凝視している。
「ははは、こえー」
強面の男や、犯罪者に見えない女性や優男達をずらずらと眺めながら、近辺で目撃情報有りという付箋の貼ってある紙だけをチェックしていく。もしも返り際に会ってしまったら嫌だなーなんてことを思いながら視線を移していけば、一枚の紙に二つの種類の違う写真が貼ってあるものを発見した。
「・・・?外人かな?」
しかし下に書いてある名前は漢字である。その隣に写っている写真の方の名前は本名不明と書いており、もう一枚の方の少年にベルと呼ばれているという走り書きがされてある。
「うわ、S級じゃん。・・・あー・・・まひろ、かな。真緋路・・・苗字は何だかね」
苗字は無く、ただ一言真緋路、と書き込まれた少年は隠し撮りをした写真なのか斜めから写されたものだ。どす黒く濁った赤い双眸はまるで血液を塗りたくったかのようで、末榎は無意識のうちに顔を顰める。
そういや、S級ってどれぐらいからS級って言うんだっけなぁ・・・殺害人数50人以上ってところかな・・・。なんてことを考えながら、その隣にいる金髪碧眼の女性も覚えておく。凛々しい顔立ちをしたその女性を眺めていると、突然背後から抱きつかれ、末榎は「ひぎゃあ!」と不可思議な声を上げてしまった。
「ふふふ、変な声」
「っ・・・六月・・・!」
肩越しににこにこと笑いながら顔を伺ってくる少女は綺麗に微笑んだまま体を離した。さらさらと零れる金髪はかすかな風を孕んでゆるやかに揺れ、長い睫毛に縁取られた空の蒼のような綺麗な双眸を弓なりに歪めた。
「一緒に帰ろう、末榎」
「あー、分かった」
「何見てたの?」
六月の問いに、これ、と指差して答え、先ほどの疑問をぶつけてみる。
「S級ってどんな人がS級になるっけ?」
紙を眺めたまま六月は可愛らしく小首を傾げてみせながら、「んー」と少し思案する。
「元軍所属で、地位が大佐以上だったり、100人以上殺してたり・・・または将軍レベルの人を殺せたりする人じゃないかな。まぁ別に関係ないよ。わざわざこんな軍部が密集してるここの町に来るわけないし。こんな金髪の2人組みなんて目立つ人・・・ほら、こっちの女の人、身長が180越えだって。こんな人達すぐ見つけられるでしょ?目撃情報がないなら関係ないよ」
確かにそうか、と思いながら他のを適当に見ていれば、職員室から山岸が出てきた。末榎と六月が反射的に「あ、こんにちは」と声を掛ければ、優しく微笑んで「あ、どうも」と会釈を返した。
「もう確認してるんですね。熱心で凄い」
「いや、怖いだけですから」
肩を竦めながら言えば、山岸も真剣な顔で確かに怖いよね、と困ったように顔を顰める。
「危ない時はすぐに逃げたほうがいいよ」
「言われなくてもそうしますよ」
ははは、と末榎が笑えば、攣られたように山岸も笑った。そして掲示板から二枚、目撃情報有りの付箋がついた指名手配の紙を取り、代わりに付箋を剥がし、それをとある一枚に移した。
「その人、捕まったんですか?」
「あ、うん。さっき三学年の人が捕まえたんだって。凄いねぇ」
のんびりと答えながら、それじゃあ、気をつけて帰ってね、と言葉を残し、山岸は再び職員室へと戻っていく。それにさようなら、と2人で言い、たった今目撃情報有りの付箋が新しく張られた紙を見る。
山辺景而。
「・・・目潰し魔・・・」
「C級だね」
写真に写っているのは20歳ぐらいの青年だ。右目に医療用の両耳にひっかけるタイプの眼帯をつけており、右目が隠されている。整った顔立ちをした優男といった風貌だ。
だが、備考の所に鑿や錐などによって眼球を破壊する連続殺人犯と書かれている。現在確認されている時点で殺害数は43人だそうだ。
「こっ、こえええええ」
「あれ、末榎のことだから格好いいって言うかと思った」
「だって目潰し魔だぜ!?突き刺すって動作が怖いよ!」
「銃使いじゃないだけ避けるのは楽じゃない。それに、ここでわざわざ騒ぎを起こす犯罪者は少ないと思うよ。まぁそろそろ帰ろう?」
末榎は最後に目撃情報有りの付箋の貼ってある紙をある程度眺め回した後、ようやく下足箱へと足を向けた。
夕焼けによって橙色に彩られた校舎はまるで目を焼き付けるかのように赤く、末榎は再び目潰し魔を脳裏に過ぎらせながら、いざとなったなら戦うことのできない六月をどうやって守ろうかと考えながら、二人で帰路へとついた。