NOVEL


L . L . L

「もし神様がいるなら、きっとこの世界が楽しくてしょうがないんだろうねぇ」
そんなことを唐突に言い出したす末榎を不思議そうに見やり、六月は小首を傾げて見せた。空の蒼を凝縮したような真っ青な透き通ったスカイブルーの双眸を、太陽の光のような美しい睫毛にの中に隠したり見せたりを繰り返し、「どうして?」とカナリアが囀るような声で囁く。
末榎は、その場にいるだけで芸術品であろう信頼に値する親友を見ながら、血液でべっとりと汚れた小刀を支給されたタオルで拭った。一気に真っ赤に染まったタオルを見下ろしながら、自嘲する様に笑う。
「嘆かないなら喜ぶまでさ」
「そういうものなの?」
「さぁ?」
おどけるように肩を竦め、埃っぽい肩までの黒髪をがしがしと掻く。目を焼くような濁った青が世界を覆う中、一人の人殺しは口を歪めた。

「神様の気持ちなんて分かりたくないよ」






「世界の絶望を取り除くにはどうすればいいんだろうね」
夢物語のようなそんな言葉を、まるで夢を無くしたような悲しげな口調で、少年は呟いた。薄暗いホテルの一室に淡々と呟かれた言葉に反応するのは、少年以外に存在するもう一人の人間だ。
白十字をあしらった漆黒のコートに身を包んだ女性は、少年の言葉を無表情で聞きながら、平然と、さらりと返答する。
「全人類が死亡すれば、おのずと絶望も消えるのではないでしょうか」
「成る程」
女性のさらりとした言葉にするりと答え、少年はようやく、口元に笑みを浮かべた。
チェシャ猫のようににんまりと笑う笑みは邪気でたっぷりであり、少年のあどけない見た目からは想像もつかないほど邪悪である。
「でも、僕はそういう理不尽が大嫌いなんだよ。知ってるだろ、ベル」
「承知しております」
相も変わらず欠片も感情を崩さないまま、女は言葉を紡ぐ。そんな女性の様子と真逆に、感情豊かににやにやと笑う少年は、ぎしりとベッドのスプリングを軋ませて、緩やかな動きで立ち上がる。

「分かってくれているならそれでいいんだよ。それじゃあ、今日も理不尽を蹂躙しに行こうか」






目玉がこちらを見ている。
何千何万何億何兆という目玉が、不肖を見ている。
見る。視る。診る観る看る。
視線が折り重なり合い、犇めき合い、絡み合い、不肖をみている。
みるな、みるな、みるな、みるな、みるなみるなみるなみるなみるなみるなみるな。
みないでくれみるんじゃないみないでくださいみないでおねがいゆるしてくださいごめんなさい。
この命を。この行動を。この感情を。この脳髄を。
じろじろじろじろ、
じっとりじっくり。
息ができない気持ちが悪い、恥ずかしい。
生き恥を曝してきたのです。
こんな俺を見ないで下さい。
この不肖を、その目に映すな。
だから、だから今日も、ただぼくはせかいでだれもぼくのことをみなくなるひをねがって、そしてちょっとだけ、
目標の為に行動しているだけなのだけれど。
・・・・・あれ?





「人間とまるでそっくりな何か別のものは、人間ではありません。
ですが、それが何が違うというのでしょうか。
人間じゃないからといって、だからなんだというのでしょうか?
人間といっても過言ではない別のものは確かに人間ではありませんが、性能や見た目や中身が同じならば、もはやそれは人間と同じ意味を持っているということです。
そもそも人間というものは生物です。感情があり、目と耳と鼻と口という生物としは非常に高性能の機能を持っている、そういう意味と内容をもった存在なのです。
ならば、目と耳と鼻と口と、豊かな感情と五体満足であれば、もはやそれは人間と同じ内容をもつ別の何かがあれば――――なぜそれは人間と言えないのでしょう?
これは別に、別段意味のあるものではありません。
ただ、人形師として生まれ人形師として生きた私の中では、この問題はかなり重要なものでもある。
別に、私は何か言いたいわけではありません。ただ、言ってみたかったのです。
もしも、貴方が人間ではなく、いえ、むしろ貴方以外のこの世界に生きる全ての人間が「実は人間ではなく」―――――、
人間という生物にとてもそっくりな別の何か違う生命体だとしたら――――――、
だから、それが何の意味があるというのでしょうかね?
貴方達が自分達が人間であるという事実を完璧な事実として捉えているだけで、それが本当かどうかなんて、今更分かるわけでもないのに。
本当は、例えば江戸時代に宇宙人が人知れずやってきて、全ての人類を連れさらい、人間とそっくりな別の何かをこの星に置いていっただけかもしれないのに。
ですがそれでも、あなた方は人間なわけです。
それは貴方達が一人一人全てのその現在の人間と定義されるものとして、自分達は人間だと思っているからです。
ならば―――もはや人間と変わりの無い、私の作る人形は、その人形そのものと、この世界の全ての意思のある生物が「これは人間だ」と言い切ったなら―――、
私の人形はいつか人間になれるのでしょうか?
・・・まぁ、どうでもいいことでしたね。・・・どうぞお忘れ下さい」